「言葉を生きる」-片岡義男-

■英語を話すハワイ生まれの日系二世を父と、日本語を話す近江八幡生まれの母とのあいだに生まれた少年が、2つの言語のあいだで揺れながら、どのように言語を、そしてそれにともなう思考の方法を獲得していったのかが、子どもの頃にペーパーバッグを集めていた話から大学時代に初めて翻訳の原稿を書いた話、そして小説を書き始めた頃などの経験をもとにつづられている。
わたしは片岡義男の本はエッセイしか読んでいないけれど、一見、論理的だけど、でも実際は論理的な文章というわけでもなく、かといって感情に訴えかけてくるわけでもないという不思議な語り口が好きで、今でも新刊をチェックしている数少ない作家でもある。日本語してはちょっと微妙だなぁと思うところもありつつ、なんか微妙なラインをすれすれに歩いているような感じなのは、2つの文化を行き来しているからなのだと思う。

■小説のほうは、ちょうど小学校高学年から中学の頃に、角川映画などで小説が次々と映画化されるブームがあって、そのときの印象からほとんど読んでいない。ほとんどと書いたのは、90年代初めの頃、村上春樹とか読むのだったら、片岡義男の本を読んだほうがいいんじゃないかという気分で、何冊か読んでみたことがあるのだけれど、続かなかったし、今では何を読んだのかも忘れてしまったから。
その後、90年半ばにちくま文庫から出た「ぼくはプレスリーが大好き」を読んだのがきっかけで、晶文社から出ている初期の本や太田出版からでたアンソロジーなどを読んではまってしまった。今小説のほうを読んだら印象が変わるのだろうか?と思いつつエッセイを読み続けているけれど、多分、これからも読まないような気がする。

■どこかのエッセイで、その頃の小説は漫画を小説化することをテーマにしていたといったことがかかれていた記憶があるけど、そういう意味ではライトノベルのはしりと言えるのかもしれない。ただライトノベルとしては、設定が非日常的なので、これから評価されるということはなさそう。
ついでにいうと堀江敏幸は「片岡義男の小説は小説についての評論であり、評論こそが小説である」と語っていたようだけど、小説の中にその評論の部分を感じられるようになるとまた印象が変わるのかもしれない。

■そういう意味では、今、70年代から80年代にかけての歌謡曲を聴くということは、歌謡曲の中に日本の音楽への評論が見え隠れする部分が感じられるからなのかも?なんてこじつけで思ったりもします。歌謡曲がJポップと呼ばれるようになってから評論というピースが抜け落ちてしまった気がするのね。

-■さて、連休もあっという間におしまい。どこに行く我が家はどこに行くというわけでもなく、はじめのほうにセプチマでやっていたCOINNのライブを見て、途中で、自転車で深大寺になる鬼太郎茶屋に行った程度でした。といってもTHE GOLDEN COINN SHOWでは、あいかわらず子どもたちは、ライブが始まって2曲目で「外で遊んでくる!」と飛び出し、ライブよりもセプチマの庭で遊ぶことに夢中でしたけど。
よく考えたら漣くんなんてセプチマに初めて行ったのは1歳くらいの頃なわけで、年に数回しか遊びに行かないにしろ、勝手知った遊び場ですよね。当日はラマパコスやアグネスパーラーなど顔見知りのお店が出店してましたし。いつかセプチマでゆっくりとライブを見れる日が来るんでしょうかねぇ。

■秋は子どものイベントから自分が出るイベント(本屋さんのほうです)、遊びに行くイベントなど、毎週末なにかしらあってそれこそあっという間に寒くなってしまう感じですね。まぁ毎週、楽しみではあるのですが。

「BOSSA NOVA」-ジャイルス・ピーターソン-

■8月にミオ犬と子どもたちが長崎に帰ってときに、CDの整理をしたのですが、その際に収納用具を買うためにCDを売ったお金で買った本。なんかCD売ったお金でCDの収納用具だけを買うのは負けた気がしてので‥‥。何に負けるのかは不明ですが。
説明するまでもないですが、これはボサノヴァ・ムーヴメント中期に元オデオンのプロデューサー、アロイージオ・ヂ・オリヴェイラが主宰していたエレンコ・レーベルのレコードジャケットを集めたものになります。エレンコはボサノヴァの名盤をだくさん出していることで知られるけど、コスト削減のためという理由で赤・黒・白のポイントのみで構成されたジャケットも素晴らしいです。こうやってジャケットを眺めてるとアナログレコードを欲しくなるけど、値段的に無理。まぁそういう理由で、この本を買っているわけですけどね。ちゃんとレコード買えるんだったらこんな本買いませんってば。ということで、同じようにジャイルス・ピーターソンが監修したMPSのジャケット本も欲しいと思っているんですけど、なかなか見かけない。

-■今年の夏はウワノソラ’67ばかり聴いていたけれど、その次に聴いていたのがYogee New Wavesの「PARAISO」。今年の初めくらいかな、新しいバンドの音楽を聴いてみようと思っていろいろ調べていた時に知ったバンド。シティポップとか言われているけれど、同じように言われているバンドと違って、影響された音楽がストレートに出てないところがいい。こういうの聴いてると、今のシティポップってなんだろうなと思う。
どこか冷めた雰囲気のメロディとヴォーカルのバランスとバンドのメンバーのシンプルだけどどこかひねくれたのアレンジが、なんとなく昔にカーネーションやグランドファーザーズを初めて聴いたときの感じを思い出してしまう。でも全体としては今っぽい音になっている。そして別にレゲエの影響を受けた曲でもないのだけれど、どこなくダブの要素を感じてしまうのでは、ベースのせいだろうか。
あと、そこにのる歌詞もいい。わたしは普段、音楽を聴くときにあんまり歌詞を気にしていなくて、むしろなくてもいいと思っているんだけど、「少しだけそばにいさせてもらえるかい、数分経ったらうせるから」とか歌われるとすごくひっかっかってしまう。

■そういえば今シティポップって呼ばれている80年代の日本の音楽は、当時の洋楽、主にAORの影響を受けたものと60年代のポップスを80年代的に再構築したものと、大きく分けて二つあって、わたしが好きなのは後者なんじゃないかなと気がついた。7月のインザパシフィックでアイドルの曲をかけようと思っていろいろ聴いていたのですが、AORとかメロウグルーブとか言われているものはなんとなく夢中になれなくて、やっぱり過去の洋楽(特に60年代)をベースにした曲のほうがぐっときてしまいます。まぁAORも(当時の今)の洋楽をベースにしているわけで、手法としては変わんないんですけどね。
というわけで、ここはザ・グッバイを聴いてみなくては、と思っているのですが、なかなか手が出ない状況だったりします。
というわけでザ・グッバイ聴きたいって書きたいための前振りでした。

「随筆 酒」

■獅子文六や佐野繁次郎、小林勇、中里恒子、村井米子、大久保恒次などによる酒について文章を収録したアンソロジー。酒にまつわる個人的な随筆だけではなく、産地別のワインの紹介や世界の酒の紹介などお酒に関する解説なども載っていていいバランスになっている。
題字は幸田露伴。カバーを外すとその酒という文字が箔押しされている。カバーがよれよれになっていたので(なんたって1957年の本ですから)、持ち歩く時にカバーを外していたのですが、しばらく経って本の表紙を見たら、3分の1くらい箔押しがはがれ落ちてしまっていたという‥‥古い本を持ち歩くのは注意が必要ですね。
ちなみに奥付に甘辛社の小紙が貼ってあるので「あまから」に掲載されたものなのかな。それぞれの文章の出典もかいてないし、あとがきといったものもないので確かなことはわかりません。

-■9月5日はごちゃごちゃフェスティバル@セプチマへ。セプチマに行くのも久しぶりかもしれない。前回はなんのイベントに行ったんだっけね?
ごちゃごちゃフェスティバルは、今はmomo-seiというユニットを組んでいる山本聖さんとよしのももこさんが主催のイベント。ライブのほうは、ロッキン・エノッキー&山本聖、よしのももこ、酒井己詳というラインナップ。ただしほとんどどのセッションでもロッキン・エノッキー、山本聖、よしのももこの3人がいたので、誰が歌うか、どの曲をやるかの違いくらいしかないのですが。
そしてギャラリーの片隅では、珍屋(CD、レコード販売)、Sugar Moon(アメリカン・ヴィンテージ雑貨販売)、空石(天然酵母パン販売)、Sinary ecru (アロマ&ヘッドマッサージ)マドモアゼル・ピョンスキー(いろいろな占いと心理療法)といったお店が並ぶという名前の通りごちゃごちゃした「個」が参加している感じでした。

-■開演時間が2時から6時ということもあり、子どもたちがたくさん来るのかなと思っていたのですが、それほどでもなく、なんかうちの子が飽きてちょっと騒ぎ出してくると、よしのももこさんが「それではここで『エノッキー&聖くんのギターに合わせて、リズムを鳴らそう!』をやりましょう」などと子ども参加型にしてくれたりして、我が家はかなり盛り上がりました。
最初は、小さな打楽器を持って叩いているだけだったのに、だんだん前に行き、叩く打楽器も両手になり床に置いたりと増えていき、しまいには真ん中に立ってスネアを叩ところまでエスカレート。適当に叩いているだけのスネアに、エノッキーさん、山本聖さんがギターを弾き、よしのももこさんがピアノを弾くという恐れ知らず。ありがとうございました!
エノッキーさんは4年くらい前に友だちに誘われて高円寺のバーというか飲み屋でで見たことがあって、どんな曲でも合わせてしますものすごいテクニックと、でもどこかそこはかとなくユーモアが漂っているところが良くてまた見たいと思っていたのです。しかし立川で、しかも山本聖さんと共演で見られるとは!

「松前の風」-稲垣達郎-

■早稲田の教授で日本の近代文学の研究をしていた人。「角鹿の蟹」に続く随筆集として生前出す予定だったらしい。収録されている多くは、窪田空穂、森鴎外、夏目漱石、正宗白鳥といった作家について書かれたもので、同じく早稲田の教授といって思い出す岩本素白の随筆と違い文学に沿った随筆が中心になっている。しかも読んだことのない、もしくは初めて知る作家も多くて難しい‥‥素白先生も私が読んでないだけで学術的なものもありますけどね。

■子どもたちが長崎に帰っている間に、ブライアン・ウィルソンの「ラブ&マーシー」を観てきました。達郎のライブ映画と友だちの波多野くんが撮った「TRAIL」に続き、この6年で3本目。2年に一本くらいのペースですねw。ブライアンがツアーに参加しなくなってから「ペットサウンズ」~「スマイル」を製作する60年代と、ユージン・ランディの治療下にあった80年代後半は交互に描写される。
-基本的には知ってるエピソードが描かれているので、ある程度、ブライアン・ウィルソンを知っている人であれば違和感はないだろうけど、知らない人がどう感じるのかちょっと知りたい感じ。やっぱり60年代の描写が良くて、特にレコーディング風景は鳥肌が立つくらいでした。ブライアン・ウィルソンが一人一人演奏者に口で説明しているのが、いっせいに演奏された時に、一つのサウンドになる快感がすごい。一方で今のブライアン・ウィルソンの活動の充実ぶりを見ていると、「ペットサウンズ」~「スマイル」を振り返るのは、もうこれで終わりにしたいと思う。そして80年代は今のブライアン・ウィルソンに続くためのエピローグという気もしないでもないです。わたしとしては高校の時に1stソロを聴いて、それだけで感動した頃を思い出しました。

-■8月の終わりは調布の京王多摩川アンジェにてイン・ザ・パシフィック恒例のバーベキュー。とわたしが思っているだけで、今年はインパシのメンバーはタクミくんだけでしたが。バーベキューと言うよりも野外の焼き肉パーティといった感じですが、普段、夜にしか会わない人たちでのバーベキューはこのくらいがちょうどいい。飲み放題だしだいたい飲んでばかりだしね。で、いつものようにバーベキューが終わったあと、4時くらいから調布で飲み始めて、解散したのは9時。子どもたちを連れての飲みで飲み過ぎました。帰ってからシャワー浴びさせて寝かしつけをしたのはなんとなく覚えているのですが、目が覚めたら明け方でした。
で、当然飲みながら音楽の話になるわけですが、ブライアン・ウィルソンの話になったとたん、「じゃ君たちはスマイルを何枚持ってるのか?」みたいな話になって、これだからマニアってねぇ‥‥

「僕たちの七十年代」-高平哲郎-

■大学時代に企画したイベントのエピソードから晶文社の本に関わるようになったきっかけ、雑誌「ワンダーランド」の発刊から「宝島」になるまで、そして「宝島」の編集長を辞めたあとの、赤塚不二夫やタモリ、山下洋輔らとの仕事まで、高平哲郎の70年代を振り返った本。
高平哲郎の名前を知ったのは晶文社関連だったか?「笑っていいとも」のクレジットだったか?随分前のことだけどなんとなく著作を読むのを避けてきたのだけどようやく読んでみた。すごいなぁと思うし読んでいておもしろいけれど、なんとなくひっかかるものがないのは、わたしが歳を取ったせいなのか。こういう話ってどの時代でもたくさんあるんだよなーとか思ってしまう。そこから一歩抜けてない気がするのは何が足りないのか、わたしにはうまく言えませんが‥‥ただやっぱり読むんだったらまずは「スタンダップ・コメディの勉強」や「みんな不良少年だった―ディープ・インタヴュー」にすればよかったという気はしてる。

-■この本を読んでしばらく経った頃、「月刊宝島」と「キューティ」休刊のニュースが出ててちょっとびっくり。もちろん最近の「宝島」がどんな雑誌になっているのか、なんてまったく知らない。逆にまだ出ていたのか?と言う気もする。「宝島」ほど時代によって内容をがらりと変えることで生き続けてきた雑誌はないんじゃないかと思う。それほどまでに「宝島」という名前を残したいという執念はなんだったのだろう?高平哲郎の怨念か(笑)ぜったい無理だろうけど、「ワンダーランド」から休刊にいたるまでの「宝島」通史というのを読んでみたい気がする。

■ぜんぜん話は変わるけど、前に会社の人が新しく入ってきた人に「子どもの頃、『ジャンプ』に連載されてた漫画で何が好きだった?」という質問をすると世代が分かるって言ってたけど、「『宝島』ってどんな雑誌のイメージ?」って聞いても世代によってぜんぜん違いそう。というか、若い人は「宝島」を知らないか。

-■暑い時は涼しい美術館だよな、なんて思って、現代美術館のオスカー・ニーマイヤーの展覧会「ブラジルの世界遺産をつくった男」を見た。しかし美術館は涼しいけど、現代美術館にしろ、8月のはじめに行った原美術館にしろ、逗子の近代美術館 葉山にしろ駅から遠いので、美術館に行くまでがつらいというね。

■オスカー・ニーマイヤーはブラジルの建築家。ル・コルビュジエに師事し、国民会議議事堂や外務省、大聖堂など首都ブラジリアの主要な建物の設計を手がけている。オスカー・ニーマイヤーが設計した建物の写真・映像・ジオラマが展示されている。大胆な曲線とモダニズムの幾何学模様、そしてはっきりとした色使いが特長なのですが、ジオラマではそれがあんまり伝え切れてなくて、やはり写真や映像に目が行って行ってしまう。建築を学んでいる人にとってはわかりやすいのかもしれませんが、わたしは建築に詳しいわけではないので、建物そのものよりも回りの地形や風景も含めた調和によりひかれるということもあるかもしれない。あと首都ブラジリアをはじめとした建築途中の映像ね。これは特にブラジリアという都市が、何もないところから建設されたということもあって、単純におもしろい、というかすごい。
おそらく今後の人生でもブラジルに行くことはないような気がするけど、建築を学んでいるわけではない自分でも、いつか、これらの建築を見に行くためだけでも、ブラジルに行ってみたいと思わせるような展覧会でした。

「新編 日本の旅あちこち」-木山捷平-

■北は北海道から南は鹿児島までの旅の様子をつづった晩年の随筆集。昭和30年代後半から40年代初めに書かれたものを中心にまとめられている。晩年にこうした本が出たのは昭和37年に「大陸の細道」が芸術選奨文部大臣賞を受賞したあと、さまざまな雑誌や新聞からの原稿依頼が多くなり、その一つとして紀行文が書かれたようだ。
中国(満州)での話や交通事故に遭い指を怪我し、その療養に温泉にいった話、ふるさとでの話などが印象的なため、いろいろなところに行っている気がしていたが、これらのものは雑誌社の依頼によるもので実際はそうでもなかったらしい。そう言われてみると、確かに作品のほとんどが阿佐ヶ谷や西荻~吉祥寺あたりの近所での出来事ばかりではある。と言っても、依頼されての旅行でも飄々とした趣はそれまでの木山捷平の随筆と変わりない。が、わりと律儀に好きな作家の碑など観光したり、土地の人に会ってインタビューしたりしていて、それはそれできちんとした紀行文になっているとも言えるかもしれない。

-■週末(っていつの週末だ?)70年代バイブレーションを見に行こうと思って、横浜に向かっている電車の中で、ごはんを食べるところとか調べていたら、「上菅田町は横浜のチベット自治区」というタイトルで笹山団地を紹介しているブログを見つけ気になってしまい、そのまま笹山団地に行ってみた。
笹山団地はわたしが生まれてから小学生まで住んでいたところ。もう40年前のこと。横浜の保土ヶ谷区のすみっこにあり、横浜から相鉄線に乗って、西谷で降りて20分くらい歩いたところにある。隣には竹山団地もあって、全体でいうとどのくらいの棟があるのか分からないくらい多くの団地が集まっている。
さすがに西谷から歩いていくのは暑いので、横浜からバスに乗って行ってのだけれど、団地内だけでバス停が3つもあって、まずどこで降りたら、自分が住んでいた棟に一番近いのかわからない。とりあえず終点まで行き、案内板を見ていると、団地内は大きく変わっていないせいもあって、記憶通りに歩いたらだいたい自分の行きたい場所に行けるようになった。小学校の時の記憶ってちゃんと残ってるものですね。
団地自体は40年もたっているのでかなり老朽化しているが、荒れた感じはなくて、昭和40年代に作られた団地なので一つ一つの棟が小さくてコンパクトにまとまっているといった感じ。前述したとおり棟の数が多いので、全部解体して新しいマンションにするのは難しそう。住んでいる人もお年寄りが多そうだしね。

-■ついでに近くを散歩。記憶では小さな商店街というか、小さいお店が数軒集まっているところが2箇所あったと思うのですが、1箇所は普通のドラッグストアになってました。もうひとつは残っていたけれど、お店のほうは開いているのか、閉店しているのかよく分からない状態。週末だからといって賑わっている感じでもなし。団地にはまだ人が住んでいるのだから、もっと人が居てもいいのにと思う。

■なんだか昭和40年代を象徴しているような雰囲気で、いろいろ考えることはあるけれど、それは懐かしい気分とはちょっと違っていて、自分の中でうまくまとまらない。なんとなくこの団地の存在そのものが終戦から経済成長~バブル期の境目にあるような気がする。で、境目にあるからこそ、終わったものとしてなくなるわけでもなく、そのまま存在し続けてしまっているように思えた。
多分、もう行くことはなだろうけど、これからあの場所はどう存在し続けるのか、それともあたらしく生まれ変わるのか、自分が生まれた場所ということとは関係なく気になります。

「木山さん、捷平さん」-岩阪恵子-

■久しぶりの一人暮らしというわけで、週末になると、暑い中歩き回っている。

■銀座のgggでやっている「ラース・ミュラー 本 アナログリアリティー」展。チューリッヒに拠点を置くラース・ミュラーデザインスタジオ・出版社の本を集めた展覧会。1階では壁際に表紙が見れるように本が並べられ、B1では、椅子に座って本を見れるようになっている。そのためどちらかというとB1に展示されている本は、変わった素材が使われているものが多いよう。なかにはコンクリートを表紙に使ったものもあるし、フライターグの本では、背表紙がフライターグのバッグで使われているトラックの幌だったりする。
ラース・ミュラーの本といえば、Helveticaのフォントについての本が有名だけれど、ヨゼフ・ミューラー=ブルックマンのスイスのデザインについての本など昔にチェックしていた本や持っている本が何冊もあって、普段ちゃんと出版社とか確認していないわたしは「これも同じところから出ていたのか?」などと思ってしまいます。本棚がいっぱいになってしまっていて、なかなか買えないけど、たまにはデザインや写真集のチェックしなければ。

-■2015年は電子音楽の夏、というわけではないけれど、先週の蓮沼執太のイベントに続き、宮内優里のライブを見てきました。ライブといっても会場は青山のFound MUJIで、それほど広くはない店内にたくさんの人が集まって、本人はほとんど見れず。今回のイベントでは、Found MUJIにある商品を使って即興でレコーディングしていくというものでした。事前に作ってきたリズムトラックに合わせて、缶や瓶、フライパンなどをたたく音をかぶせていき、最後にギターとキーボードでメロディ(?)を加えるという感じだったのですが、小気味のいいリズムとだんだんと曲が厚くなっていく様子に引き込まれていく感じでした。
江戸たてもの園やミッドタウン、谷保のギャラリーcircleといろいろなところで、宮内優里のライブを見ているけれど、どこで演ってもその場の雰囲気と宮内優里の音が絶妙にブレンドされていい空気に変わっていくところがすごい。ライブハウスとかちゃんと音楽を演奏する場で見たことがないので、そういう場だったらどんな感じになるのだろうか。
-店内のライブにもかかわらず、アンコールにまで答えてくれて、最後は、お客さんのリクエストに答えて、まったく予定していなかった「読書」を弾き語りで歌ったりかなり得した気分。

■で、青山から下北へ始動して、前々から誘われていたもののなかなか行く機会がなかったshuffle!というイベントへ。ここも飲み物を買いにカウンターに行くのも大変なくらいたくさんの人で溢れていて、盛り上がっていました。DJの皆さん、みんなものすごいマニアックで、音楽の知識もレコードのコレクションもすごいのに、きちんと盛り上がる曲を混ぜつつ、かつ自分たちも本気で楽しんでいる様子が、全体に伝わってくるイベントで楽しかった。でも、最近、友だちのイベントいくと、なんだかみんなのレコードへの熱さにときどきついていけてない自分に気づいたりするなぁ。

「秋の朝 光のなかで」-辻邦生-

■19歳の時に書いた「遠い園生」も収録されているが基本は70年代初めに書かれた短編をまとめたもの。悲劇の要素が強い「秋の朝 光のなかで」「サラマンカの手帖から」「風越峠にて」の3篇がよかった。久しぶりにフィクションを読んだ気がする。

■暑い日が続いているのでこういう日は涼しい美術館に行こう、と思って、週末は、神奈川県立近代美術館 葉山と原美術館に行ってみたのですが、2つとも最寄駅から離れているのでそこまで行く間がめちゃくちゃ暑かったという‥‥

■神奈川県立近代美術館 葉山では、展示ではなく蓮沼執太が主催の葉山アンビエントというイベントを見ました。葉山アンビエントは、展覧会と展覧会の間のなにも展示されていない美術館で、5つある展示室で蓮沼執太、イトケン、比嘉了、千葉広樹、和田永という5人のミュージシャンがそれぞれ電子音楽を奏でるというもの。
-アンビエントという言葉から静か目の音で音楽がなるがらんとした展示室を歩き回る感じをイメージしていましたが、かなり大きな音で音楽がなっており、BGMという感じはなく、5つのライブを同時に見ているようでした。それぞれの演奏(?)の手法も、テープを使うものやコントラバスを弾いたりするもの、Mac単体を操作しているものなど異なっていて興味深かったです。隣の展示室で奏でられている音に合わせて、演奏を変えたり、微妙に影響しあいつつ、それぞれの展示室だけでなく、美術館全体でも一つのライブを見ているみたいな雰囲気もありました。
そして、観客は展示室を歩き回ったり、床に座ったり、中には寝転んだりして、演奏を聴いているという自由な雰囲気も近代美術館にあっていてよかったです。美術館の床に寝転ぶなんて最初で最後の経験になるかもね。

-■原美術館でやっていた「サイ トゥオンブリー:紙の作品、50年の軌跡」展は、前に日曜美術館で紹介されていたのを見て、機会があれば言ってみようと思った展覧会。サイ・トゥオンブリーを見たいというのが半分、カフェで中庭を眺めながらビールでも飲みたいというのが半分ってところか、と思っていたのだけれど、カフェのほうは満席でした。ザンネン。まぁこれだけ暑いとゆっくり休みたくなりますよね。
サイ トゥオンブリーは、アメリカ抽象表現主義を代表するアーティスト。この展覧会では、ドローイングやモノタイプ、紙を切りあわせたものなど、紙に描かれた作品にフォーカスし、1953年から2002年までの約50年間で制作された作品が展示されています。時代によって作風や表現の手法も変わっているけれど、どれも一目見ると落書きのような絵なんですが、使われている手法もその絵にぴったりと合っているし、作品全体として調和がとれていて、ちょっといろいろ考えてしまった(何を考えたかは書かないけど)。

「山本さんのいいつけ」-山口瞳-

■タイトルとなっている「山本さんのいいつけ」の山本さんとは一度だけ会って話をしたという山本周五郎のこと。その時に「出版社を限定して書け」「その出版社からジャンジャン前借りしろ」「メモをとれ日記をつけよ」と言われたけれど、ほとんど実行しなかったということがつづられている。ほかに江分利満について若いサラリーマンと伊豆にいった話、将棋について、向田邦子のことなど、1963年から1990年までに発表されたものが収録されているが、テーマや流れなどはない。作家の死後に編さんされたこういう本は、音楽で言ったらシングルのB面やデモを集めたものと思ってるので、その辺はもうあまり気にしていないし、内容も大きな発見などがあるわけではない。だったらなんで読むかというとただ時々山口瞳の文章を読みたくなるというだけ。そしてなんとなく気持ちだけでも背筋を伸ばしたいという気持ちがあるからなんだと思う。

■ミッドタウンの富士フイルムスクエアで、塩谷定好の作品展をやっていて、朝、会社に行く途中でポスターを見るたびに行かなくちゃと思っていたのですが、気がつけば来週終了ということで、慌てて見てきました。塩谷定好は、大正から昭和初期に活躍した鳥取出身の写真家。同じ鳥取出身の写真家、植田正治も「塩谷さんといえば、私たちにとって、それは神様に近い存在であった」と生前語っていたらしい。
それほど多くの写真が展示されているわけではないけれど、山陰地方の風景をソフトフォーカスで撮った写真は、戦前の写真と言った雰囲気ではあるけれど、どの写真にも共通する独特な雰囲気があっておもしろかったです。
富士フイルムは、化粧品が主の商品になってもこういうとことで写真を紹介し続けているところがいい。ただ近所のカメラ屋さんは気がついたら写真関連の商品の棚が少なくなって、化粧品ばかりになってしまったけどね。

■ついでに、行けるかどうかわからないけれど気になっている展覧会を。まずは現代美術館でやっている「オスカー・ニーマイヤー展」。オスカー・ニューマイヤーは、ブラジリア建設時に、国民会議議事堂や外務省、大聖堂などの主要な建物設計を行っているブラジルの建築家。大胆な曲線が特徴なんですけど、実際に実物を見たら迫力あるんだろうな、と思う。展覧会はもちろん展示されているのは代表的な建築物の模型や写真、そして映像資料なんだろうけど、いつか実物を見に行きたい。いや、その前に現代美術館が微妙に遠いんですよね~

■毎月チェックしているわりにはなかなかいく機会がないギンザ・グラフィック・ギャラリーの8月の展覧会は、スイスを拠点に建築、デザイン、タイポグラフィー、アート、写真などの本を出版するバーデンの設立者であり、デザイナーでもあるラース・ミュラー。彼が手掛けた本が100冊展示されるというもので、印象的なタイプグラフィや幾何学的な線を効果的に配置したスイスのグラフィックデザインの伝統を受け継いだブックデザインはもちろん、その素材などにも凝っているいるらしいので、実物を見て確認したい。
ちなみにフォントのHelveticaはスイスのデザイナー、エドゥアルト・ホフマンとマクス・ミーディンガーによるものです。

■そのほか、5月から原美術館でやっている「サイ トゥオンブリー:紙の作品、50年の軌跡」展は8月30日まで。ここは久しぶりに併設のカフェでのんびりしたり、品川の周辺を散歩したりしたい。散歩と言えば、時間があれば根津にある弥生美術館で「森本美由紀展」もやってますね。あとはちょっと遠いけど千葉美術館の「ルーシー・リー展」やうらわ美術館の「ブラティスラヴァ世界絵本原画展」も気になる‥‥
というわけで、多分、ほとんど見に行けないと思うけれど、今年の夏に気になる展覧会でした。

「倫敦巴里」-和田誠-

■「暮しの手帖」のパロディ「殺しの手帖」や、横山泰三、長新太、小島功風の画風で007を描いたり、「兎と亀」をヒッチコックやゴダール、ベイルマンなどの有名な監督が脚本を書いたらどうなるか、川端康成の「雪国」を書き出しを野坂昭如や植草甚一、星新一といった作家の作風で書いたものなど、「話の特集」に掲載されたものを中心に収録したヴァラエティブック。
作風を的確に真似ていておもしろいのだけれど、一つのテーマが長いのでもう少しいろいろなコーナーがあってもよいかなと思う一方、一つのネタでこれだけかき分けられるというところがすごいとも思う。もちろんパロディなイラストもたくさん収録されてます。

■先日のIn The Pacificでも大きな音で聴きたくて最後に強引にかけたけれど、7月に入ってウワノソラ’67の「Portrait in Rock’n’Roll」ばかり聴いている。ばかりというか、一日に4、5回は聴いているんじゃないかと思う。「一昨年亡くなってしまった敬愛なるミュージシャンの一人に追悼の意を込めたものにもなっております」と説明されているように、「A LONG VACATION」以後に確立された大滝詠一、ナイアガラサウンドへのオマージュにあふれた作品。
-1曲目の「シェリーに首ったけ」などは、まさに「君は天然色」を2015年に再現したサウンドで、わくわくしてしまいます。YouTubeにあがっているPVを見るとドラムはツインだし、ほかの楽器もかなりオーバーダビングもしているしているようで、その凝り方が半端ない。歌詞の最後に月に吠えたりするところもGood!続く「年上ボーイフレンド」は「恋するカレン」や「Tシャツに口紅」を思い浮かべるし、「1969年のドラッグレース」的なセカンドラインのリズムと歌詞が楽しい「Hey×3・Blue×3」など、書き始めるときりがなくなってしまう。でもそれだけでなく、どこか「カップルズ」の頃のピチカートファイヴっぽい「傑作映画の後で」や、山下達郎の曲を思い起こさせる「レモンビーチへようこそ」、80年代のアイドルっぽい「Station No.2」など60年代のポップス全体、そして80年代の日本のポップス全体を視野に入れているところが、このアルバムが単なる真似に終わらず、普遍的なポップスの輝きを放っている所以なのではないだろうか。とかね。
あと、やっぱりいえもとめぐみのヴォーカルも大きいと思う。感情をこめて歌うわけではないんだけど、声に表情があるので、聴いてて飽きない。誰とはいわないけれど女性ヴォーカルでこの手の60年代ポップスをやってる人たちって90年代からわりといるけれど、だいたいヴォーカルの女の子が声はかわいいけど平坦すぎて繰り返し聴くって感じにならないんですよね。
しかしこんなアルバムを20代前半の人が、インディーで作ったというのがすごい。逆に若い人だからこそ作れたサウンドなのかもしれませんが‥‥
いまだに「A LONG VACATION」を聴き続けているとはいえ、自分はほんとのこの手の音楽が好きなんだなぁと今さらながら思い知りました。このアルバムもこれから30年聴き続けるんでしょうか?って、あ、あと30年も生きられないか。

-■さて、話変わって連休の後半は、奥多摩にある百軒茶屋というキャンプ場に、漣くんの幼稚園の友だち3家族で行ってきました。キャンプ用品とか持ってないのでバンガローですけどね。百軒茶屋は大学の頃によく行ってバーベキューをしていたところ。最近はずっと行ってなくて15年ぶりくらいだったのですが、川の様子も変わってなくて、ちょっと懐かしかった。
前日まで雨が降っていたせいで川の水かさが増えていて、子どもたちが泳いだりすることはできませんでしたが、スイカ割りをしたり話をしたり、いろいろ食べたりして楽しかったよう。ほんとになんにも用意していかなかったので、着火剤などもなく最初から炭に火をつけるのも久しぶり。なかなか火がつかなくてあたふたしたりしてしまったこともなんとなく懐かしい経験でした(最近は着火剤とバーナーで火をつけちゃうものね)。
夜は子どもたちとお母さんが早々に寝てしまったので、お父さん3人でコーヒー焼酎を飲みながらだらだらと話したりしてました。こういうところに来ると用具をそろえたくなりますねー次回に向けていろいろキャンプ用具をチェックしておこうー!