「冬の本」-夏葉社-

-■青山南、天野祐吉、武田花、北澤夏音、高山なおみ、堀込高樹、小西康陽、山田太一、又吉直樹など82名による冬に読んだ本。冬になると思い出す本など、冬にまつわる話を集めたエッセイ集。見開き2ページずつで、執筆者が幅広く、収録順も五十音順になっているので、雑誌の小さなコーナーを読んでる感じでサクサク読めます。一冊の本としてもコンパクトにまとまっていると思う。でもあっという間に終わってしまうので、もう少し読み続けたいと思うものもあったり、1000文字ではどこかまとまりきれてなくて、もう少し文字数があったら面白くなったのにと思うものがあったりして、ちょっと物足りない部分もあるかな。
しかし「春の本」でも「夏の本」でも「秋の本」でもなく「冬の本」で、見開き2ページというのがいい。書かれている内容とは関係なく、その体裁だけで気持ちがピンとする気がします。

■去年はあまりギャラリーや美術館に行けなかったし、写真集などもほとんど買えなかったので、今年はできるだけ足を運びたいなと思って、金曜、定時にあがって恵比寿のpostでやっているホンマタカシの写真展に行ってみました(ほんとうは写真美術館でやっているユージン・スミスの写真展に行こうと思っていたのだけれど、時間的に無理だったのです)。
今回展示されているエド・ルシェへのオマージュシリーズは、エド・ルシェの写真の構図そのままに写真を撮るという試みとのこと。シリーズ自体は2014年にスタートし、すでに5回目になるそうです。今回は、アメリカのガススタンドを撮影した「TWENTYSIX GASOLINE STATIONS 」、タイプライターを車から投げ落とし、その破損状況を記録した「ROYAL ROAD TEST」、洋菓子とその重量を淡々と記録した「BABYCAKES」の3冊が刊行され、それらに収録された写真が展示されています。エド・ルシェの写真集も置いてあり、展示されている写真の元になった写真がどれなのか分かるので、エド・ルシェを知らなくても楽しめました。

■これってホンマタカシの「たのしい写真―よい子のための写真教室」に書かれていたことの実践になると思うのですが、本のほうもエド・ルシェの写真集と同じ綴じ方、装丁になっていたりして、どちらかというと見るというより、たとえ実際にやってる人たちのほうがおもしろがってるのではないんでしょうか。プロによる真剣な遊び、ですね。
ホンマタカシって「東京郊外 TOKYO SUBURBIA」のイメージが強いけど、波やきのこを被写体にしたり、まるで自分の子どもの記録のような写真なのに実は友人の子どもという、見る人を混乱させるような作品があったり、街の一角にあるホテルや高層建築物などの一室をピンホールカメラ化したり、カメラ、そして写真で遊んでて、イメージが固まらない。いや固まろうとするのを常に交わしていておもしろい。これほど活動内容が一貫していない写真家もめずらしいんじゃないかな。その辺で評価がかなり分かれそうだけど、わたしはけっこう好きです。

■ちなみに「冬の本」でホンマタカシが取り上げているのはマーリオ・リゴーニ・ステルンの「雷鳥の森」で、猟解禁前夜の猟師についてつづっている。ホンマカタシの写真を見ている人がこれを読んだら、あの写真や映像が頭に浮かんできますよね。

「ダグウッドの芝刈機」-清水哲男-

-■1978年に刊行されたエッセイ集で、晶文社ではないけれど、どこかヴァラエティブックぽい雰囲気を持った本です。内容も美空ひばり、ビートルズ、アンディ・ウォーホール、下着の広告、現代の世相といったカルチャー的なことを中心に、自身の娘の子育てなどについてもつづられていて幅広い。ただ武市好古の「ぼくの遊びはヒップ・ステップ・キャンプ」を読んだ時も、こういう本は50近いおじさんが読む本ではなく、若い頃に読んでおくべき本だよなと、思ったけれど、この本もそんなイメージ。でも子育てのところとか今だから分かったり、共感できたりするするんだろうなぁと思う部分もありますけどね。
清水哲男は詩人で、詩のほうは読んだことがないのですが、タイトルがすべて「チャーリー・ブラウン」、「ミッキー・マウス」などマンガのキャラクターという詩集もあるよう。この本のタイトルの「ダグウッドの芝刈機」も、コミック作品「ブロンディ」に登場するダグウッドが操る芝刈機から取られたものらしいし、どんな詩を書くのかちょっと気になります。

■毎年のことですが、年が明けてぼんやりしてるとすぐに1月も半分過ぎちゃいますね。今年の年末年始は11連休だったので、家でのんびりしつつ二宮に2泊したり、勝浦の保養所に行ったりといろいろできた気がします。
6日はちょっと一人で出かけて千歳烏山にあるCafe Lofahの新年会に行ってきました。Cafe Lofahに行くのは開店の時のパーティ以来。家からの距離は近いのですが、電車とバスを乗り継ぐ形になるので、こういうイベントがないと、行く機会がないんですよね。すみません。今回はClub Heavenのスズキさんやメキシコさんをはじめとした、9人のDJが選曲する曲をBGMにいろいろな人と話したり、最近ソロアルバムを出したLinustateのSWALLOWのライブを見たりと、居心地の良い時間でした。次の日に朝から出かけるので、開始の4時にお店に行って早めに帰ろうと思ったのですが、気がつけば8時というね。伊千兵衛の榎本さんが、ここに来ればだいたいの人にあいさつできると言っていましたが、まさにそんな感じ。店内は大賑わいで、トヨシマくんが一人、料理を作ったり飲みものを出したりしてて忙しそうでした。おつかれさまでした!また何かイベントやってね。

-■SWALLOWは、ライブのあとにCDも買って、通勤の行き帰りに毎日聴いてる。数曲バンド編成の曲もあるのですが、基本的には弾き語りの曲が中心。でもどの曲もメロディはいいしギターが単調じゃないので飽きない。単調じゃない、と言っても曲によってスタイルがぜんぜん違うとか、すごいテクニックで弾きまくってるとかではなくて、たいだいは歌に寄り添ってる感じなんだけど、気持ちがいいところでアクセントとなるようなフレーズが出てきたり、弾き方がちょっと変わったりしてつい聴き入ってしまいます。ヴォーカルもライブを聴いた後で聴いたので、最初はちょっとナイーブに聴こえてしまったけれど、ギターとのバランスがちょうどよくて聴きやすいし、ヴォーカルが強くない分、ときおり入るコーラスが気持ちいい。しばらくの間、愛聴盤になりそうです。ライブもまたどこかで機会があると思うので楽しみにしてます。

■ついでにいうと、歌詞とかちゃんと聴いてないし、見てもいないんだけど、聴いてると何だか「今じゃもうできないけどああいうことがあったなぁ」という昔の忘れてたことを思い出したりする。もちろん今それをやりたいわけではないです。なんかね、20代の頃、夜中にレコード聴いたり本を読んだりフリーペーパー作ったりしてて、窓の外が明るくなってきた頃に、近くの川まで散歩して、たばこ吸いながらぼおとしてたこととか、冬に友だちの女の子とランチバイキングに行ってから会社に行ったら、2時くらいになっちゃって、渋谷の坂を上がっているときの陽差しがもう傾きかけてて、社会人としてこういうことをしちゃダメだなと思ったこととかね(ちなみにその日は仕事が終わるはずもなく会社に泊まりました)。
結婚して子どもも生まれて歳もとったけど、気分的にはどこかそういったモラトリアムの時期と変わらないものが残ってて、ときどき顔を出す。そしてその心地よさも怖さも身に染みてる。

「お山の大将」-外山滋比古-

-■教育について、男と女について(特に男)、雑記的なもの、知の創造についてと4つカテゴリのエッセイを収録。正直に言うと前半(教育について、男と女について)は、ちょっと飽きる箇所もあります。特に教育については、さまざまな大学の教授を務めてきただけに、エッセイとしてはかなりまじめで、のんびり読むという内容ではないかもしれません。かといってずごい教育論が展開されるわけではないし、語り口が軽妙なので、エッセイとして成立しているとは思いますが。後半の雑記的なものがおもしろかったので、次回、外山滋比古の本を読むとしたら、この辺のものかな、と思ってます。

■明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。カヌー犬ブックスを始めたのが2003年の6月なので、なんと今年の6月で15周年になるのですよ。気がつけばけっこう長くなってて自分でもびっくりです。と言ってもすごく気を入れてやっていたのは2009年くらいまでで、この時期までは毎日新着本をアップしてたし、雑記も週に3回くらい更新してたし、SEO対策とか検索連動広告に出したりとかいろいろしてました。その頃って、会社の人と週に2、3回は飲みに行っていたし、ときどきだけど週末にオールナイトのイベントに行ったりしていたのに、よくやっていたと思う。ちゃんと仕事してたんですかねぇ。
その後、子どもが生まれてからは、優先順位も落ちちゃって、のんびり行こうと割り切ってやってます。でも、それももう8年以上経ってるので、古本屋を始めてから半分以上はのんびりやってる感じになってしまってますね。こわい。店舗を持っていたら完全に閉店してます。もっとも店舗があったら今みたいに会社員をしながらの副業じゃなくて、本業になると思うので優先順位は下げられませんが。でもこの時期は、東京蚤の市やはけのおいしい朝市、家族の文化祭など、近くでやっているイベントに誘ってもらう機会があって、ネットの古本屋そのものよりも、イベントに出ることの楽しさや、イベントを通していろいろな人と知り合ったりすることで得るものが大きかったような気がします。
今年は、もっとネットもちゃんとしつつ、イベントにもきちんと参加していけるようになっていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

「ぼくの遊びはヒップ・ステップ・キャンプ」-武市好古-

-■武市好古は、1950年代後半から1960年代初めに劇団四季演出部に在籍し、その後、アメリカに渡りラスベガスでショービジネスの演出などをして、帰国後は、ステージの演出家、映画監督、ジャズや映画の評論家として活動した人。といってもわたしはそのステージも映画も見たことはないです。本もそれほど多く出ているというわけでもないですしね。これは、劇団四季に在籍した頃かラスベガスでショーの演出をしていた頃のことをつづった本で、基本的には楽しければ、おもしろければいい!仕事はそれにともなってやってくるし、生きてく、そして遊ぶためのお金もついてくるって感じが1960年代から1970年代ぽい。

■イメージでしかないけれど、1970年代までって「何しているのかよく分からないしどうやって食べてるのか分からないけど、おもしろい人」という人がたくさんいたような気がする。1980年代になると、いろいろなことがもっと細分化して、専門的になってきて、いろいろなことをしている人でも、主となるものがはっきりしてきて、1990年代以降になると、「何しているのかよく分からないしどうやって食べてるのか分からないけど、おもしろい人」という人はいなくなって、「何しているのかよく分からないけど、お金を儲けてる人」になっちゃう感じですね。適当ですが‥‥

■多分、これを読んで感化されたとしても、こんな風に生きるのはもう無理だけど、若いときに、いいと思うか、こいつなんだよと思うかは別として、ちょっと読んでみて、こういう世界もあったんだなというのを知るのはいいかもしれません。少なくとも、50歳近いオッサンが読んでもね、という内容。まぁ勢いあるし、引き込まれて一気に読んじゃったけどね。そういえば、10代の終わりから20代の初めにかけて、晶文社から出てた「就職しないで生きるには」シリーズ読んだなぁ。レイモンド・マンゴーや早川義夫の「ぼくは本屋のおやじさん」とかね。だからといって早川義夫の本を読んで古本屋(ネットだけど)を始めたわけでもないですけどね。

■ふと気がついたのですが、本が好きで本屋でバイトしたり、音楽が好きでレコード(CD)屋さんで働き始めたりするのが、なんとなく普通の感覚になっていたけど、今って本屋さんもレコード屋さんももう少なくなっちゃってるから、簡単にそういう感じで働き始めて、またそこで働くことによって知識や経験を積むってことがなくなってるんでしょうね。で、小さい頃から電子書籍で本を読んで、ダウンロードで音楽を聴いたりしている人たちが増えてくると、そもそも本(?)や音楽は好きだけど、実際にお店で買ったことがないって人も出てくるのかもしれないと思うと、不思議な気分になります。昭和の人からするともう全然感覚が変わっちゃう。いや、もうすぐ平成も終わっちゃうんで、平成生まれでさえ古い人になっていくんだろうなぁ~

■というわけで、2017年ももうおしまい。特に一年を総括するような出来事があったわけでもなく、(まぁまぁ仕事に追われつつ)過ぎていった一年でしたが、皆さまありがとうございました。来年は今年よりももうちょっと動きますので、よろしくお願いします。

「別れの手続き」-山田稔-

-■4月からなんとなく仕事が忙しくなって、家に帰るのが遅くなったせいで、帰ったら発送とかやらなくちゃいけないことだけやって、レコードを聴いたりしながらビールを一本飲んでおしまい。という日々が続いてまして。もうぜんぜん雑記を更新する気も起きず。特に書くこともない、というか書くことなんて考えないと出てこないわけで、考える気分にもならず、気がついたら半年以上経ってしまいました。このままなしにしちゃってもいいかなとも思っていたのですが、自分の備忘録的な意味もあるし、のんびりでも書いておこうかなと思って再開することにします。

■一応、読んだ本をきっかけにして書いているので、どこから再開すればいいのかちょっと迷いましたが、思い切って中断する前からさかのぼります。本の内容は、もう記憶も薄れてるのもあるし、読み返すのもなんなので、本についてはツイッターとかにちょこっと書いたことだけという感じが続くのだろうと思います。いつになったら追いつくのだろうか?来年の今ごろか。

■いや、何年か前にもすごく忙しいときがあったのですが、その時はまぁまぁ新着本も雑記も更新できてたんですよね。それができなくなったというのは歳のせいで体力や気力がなくなってきてるんでしょうか。単に家で飲むビールの量が増えたせいとも言えますが‥‥雑記だけでなく新着本の更新頻度も落ちてるので、気がついたら在庫のほうもけっこう減っちゃってるし、来年に向けて少しずつ作業量を増やしていきますよ。

■「マビヨン通りの店」や「八十二歳のガールフレンド」など、過去に山田稔が出した随筆集から13編を収録した本。タイトルになっている「別れの手続き」は亡くなった母親のことをつづったもので、このほかにも山田稔が若い頃に出会った人たちとの、ときには何十年もの年月にわかる出来事が、短い文章の中で行き来しながらつづられています。とはいうものの、全体的に重い雰囲気や過ぎ去ってしまったものへの哀しみが漂うことはなく、軽やかなユーモアがあって心にすっと入ってくる感じが読んでで心地よいです。
特に文体が似ているというわけではないけれど、堀江敏幸の解説を先に読んだせいで、ときどき堀江敏幸の文章を読んでいるような気持になり、「1966年にパリにいたころ‥‥」みたいな文章を読んで「あれ?1966年?」という気持ちになってしましましたが。

■しかし、去年のクリスマスの時に、ミオ犬から、「欲しい本があったら教えて」と言われて、ついこの本を指定してしまったのですが、本をもらってから奥さんからクリスマスプレゼントとしてもらう題名の本ではないな、ということに気がつきましたヨ。あ~あ~

「ミニマル・ミュージック」-小沼純一-

-■年末くらいからソウル・ミュージックを聴き続けていたので、年が明けたらこの本を読みながら、またミニマルミュージックとかエレクトロニカとかを聴いてみようと思って読んでみたものの、実際にはほとんど聴かないままで読み終わってしまった。
ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスという4人の代表的音楽家の活動を詳細に解説しつつ、ミニマル・ミュージックがその後どのように展開していったか、そして、音楽だけでなくミニマル・アートや、レイモンド・カーヴァーといった文学とのかかわりが語られている。

■小沼純一は、前に坂本龍一の「スコラ 音楽の学校」という番組の電子音楽の回に出ているのを見たくらいなので、どんな経歴なのかまったくわかってないんですが、通りいっぺんに経歴を解説するだけではなく、楽曲の細かい解説なども適度にあるところがいい。本当は取り上げられている曲を聴きながら読んだほうが楽しめるとのだと思う。でも、対象がミニマル・ミュージックなわけで、採譜されていたり解説されている箇所がどの部分なのかとか、反復される中で音色やリズムがどう変化したのかなどを聞き分けるのがわたしの耳では難しい‥‥
ぜんぜん話が変わるけど、この間聴いていたラジオで、小沼純一は大学時代にシュガーベイブとYESのコピーバンドをやっていたって、誰かが言っていたような気がしたけど、聞き間違えかもしれない。

■ところで、スティーヴ・ライヒは、3月1日に来日して80歳記念のコンサートをしてましたね。録音されたCDではなく、実際に人が演奏している音を聴いたら、ホールのエコーなども重なったりして、迫力あるんだろうな、と思うとちょっと見てみたい。でも単に寝ちゃうだけかもしれません。とりあえずエコーは体感できないけど、4月14日にNHK BSプレミアムの「クラシック倶楽部」で、3月2日の公演が放送されるようなので見てみます。

「モーニング物語」-獅子文六-

-■同じシリーズの「山の手の子町ッ子」はときどき見かけるけど、こちらは見たことがなかったので、ちょっと値段が高めだったけれど、めずらしく即購入。しかし収録されているうち半分くらい読んでました。でも獅子文六の随筆は何度読んでもおもしろいので許す。話のテンポがよくて読みやすいということもあるけれど、話の持って行き方に品があるというか、慶応の野球選手だったお金持ちの旧友が、後年後楽園の入り口でモグリの客をさばいていたりする話なんて、書き方によっては下世話になってしまいそうなのに、そういう方向にはいかない。旧友なんだけれど、旧友だからと言うわけではなく、威厳を持ってその仕事をしている様が描かれており、悪意がない(まぁ実際はどうなのかは別で、獅子文六はそう感じてる)。そういう品の良さが小説にも出ていて、それをよいと思うか、軽いと思うかで獅子文六への評価って変わってしまうんだろうな、と思う。
ちなみに表題はパリの留学時代に仕立てたモーニングの50年にわたる話で、それほど着る機会もないまま戦火も逃れ、数少ない機会のために補修をし、最後には流行がひと巡りしたため現代風に感じられてしまうというオチになってます。ってわざわざ書いたのは、読むまで「モーニング物語」の“モーニング”は、“朝/午前中”だと思っていたので、読み始めて「あれ?」と思ったからw。

-■漣くんがちょっとだけ戦国武将に興味を持ってきてるので、3連休は二宮に行くついでに小田原城に行ってきました。お城の中に入るのは小学生くらい以来かな。子どもの頃は平塚に出ることが多かったし、中高生になると横浜まで行っちゃうことが多かったので、あまり小田原に行った記憶がない。でも車から外の景色を見ていたら、昔ながらの建物がまだいくつも残ってるし、川崎長太郎の小説に出てくる抹香町もあるし、今になるとゆっくり歩きたいと思うところがたくさんある。
そういえば、ニュースサイトを見ていたら、村上春樹の新しい本「騎士団長殺し」は小田原が舞台になっているって書いてあったけど、小説の中に地名とか出てくるのでしょうかね。

■ところで、子どもが小さいときは手を離せなかったので、なかなか一人で出かけることができなかったけど、ある程度成長したら、親に子どもたちの相手をお願いして、一人でちょっと出かけたり、学生時代の友だちと飲みに行ったりできるかな、とずっと思ってたんですけど、当然ながら子どもが成長するにともない、親も歳を取ってしまって、最近は男の子二人をあずけるのはちょっとためらってしまいます。あぁむずかしい。なにげに国府津とかも歩いてみたいんですよねぇ。

「浅草紅団・浅草祭」-川端康成-

-■もう3月も半ばですが、これを読んだのは年末年始にかけてで、新年ということで浅草を舞台とした小説を読んでみたんですよね。不良集団「浅草紅団」の女首領弓子とのやり取りを中心に、カジノ・フォウリイの出し物や踊子たち、浮浪者、娼婦‥‥といった登場人物が、関東大震災以降の浅草という町を案内する。ちょっと表現や言い回しが古いというか大げさな気もするけれど、これは当時のこういう小説の文体を意識しているだろうか?それとも川端康成の文体なのだろうか?川端康成の本をちゃんと読むのは初めてなんじゃないかな?というくらいなのでわかりません。
あと、そもそも浅草という町の地図が頭に入っていないうえに、地名が今では変わってしまっているため、書かれている場所や登場人物がどこからどこに移動しているかなどがわからない。なので、多分、当時の人が読んでいる時の臨場感を味わうことができないんですよね。ただ同じような時代の浅草を舞台にした高見順の「如何なる星の下に」を読んだときは、それほど地名を特定できなくても、当時の浅草の様子を楽しめた、ということはある。
ついでに、機会があれば、「日本三文オペラ」など浅草を舞台とした武田麟太郎の小説や、浅草ではないけれど、同時代に書かれた都市小説ということで、1925年に中国・上海で起きた反日民族運動を背景にしたという横光利一の「上海」も読んでみたい。

■暁くんと「ウルトラマンオーブ」を見る。映画を見るのは一年ぶり。ということは前回の「ウルトラマンエックス」以来というというわけで、なんだかなぁという気もしないでもないけれど、それはそれでいい。子どもたちと映画館でウルトラマンを見るのは3作目で、最初の時は、一番近くで昭島とかでしか上映していなかったし、内容も全然予算をかけてなくて、さみしい感じだったけど、去年からは新宿でも上映してるし、だんだん戦闘シーンも迫力が出てきていい感じになってきてます。といっても子ども向けですけどね。
で、なんとなくたまには一人で映画でも見てみたいなぁと思って、帰ってきて阿佐ヶ谷のラピュタのサイトを見てみたら、鰐淵晴子や松山善三と高峰秀子の特集をしていて思わず上映作品の紹介を見入ってしまった。昔の浅草を舞台にした映画とかやってないだろうか。「如何なる星の下に」も「浅草紅団」も映画化されてるんですよねぇ。

「もの食う本」-木村衣有子-

-■もう3月に入っちゃってますが、ここまでが2016年に読み終えた本になります。溜まっちゃってるな。本当は、本を読んだら1週間以内に雑記に書くという感じで回していきたいんですけどね。で、1週間に1冊くらいのペースで本を読めればと。

■内田百けんや吉田健一、山口瞳、森茉莉、石井好子といった常連作家から、川上弘美、高山なおみ、内澤旬子、長尾智子など最近の作家、エッセイスト、料理家まで、食に関する本40冊の感想をつづっもの。読んだことのある本も多い。読んだ本はまた読みたくなるし、読んでない本は読んでみようと思ってしまう、そんな気分にさせられます。あの本よく見かけるけど、そういえば読んだことがなかったなというのに気づいたりするのもこういう本のいいところです。
ただ、書いている内容が、引用の多さも含めて、わりと本の内容に即した部分が多いので、もう少し深堀したり、広げて欲しかったというのはあります。これだとほんとうに感想文、という感じになってしまってる気がしてしまうんですよね。

-■週末は前々から行こうと持っていた「あけぼの子どもの森公園」へ。ここはムーミンの世界をモチーフにした公園で、ムーミン屋敷や川のそばの水浴び小屋、子ども劇場、ムーミン資料館などがあります。
特にムーミンなどのキャラクターが登場したりするわけでもなく、遊具なども山の斜面にアスレチック的なものがあるだけで(しかも今は利用できない)、ムーミンの政界に登場する建物があるだけなのですが、迷路のようなムーミン屋敷を走り回ったり、川の周りで遊んでいるだけでも、まぁ子どもたちは楽しそうでした。ムーミン屋敷は曲線が多用されていたり、思わぬところに窓や通り抜けができる扉があったりして、ちょっとジブリ美術館っぽい。そしていつものことだけれど、うちの子供たちは、男の子二人なのでどこにいっても競争になってしまい、そういうところをちゃんとチェックしないで、どんどん先に行ってしまう。もう少しじっくり観察できるようにしなければ‥‥と思う。
そんな駆け足の子どもたちの後を追いかけてると、昔、フィンランドに行ったときに行ったムーミンワールド思い出したりしてちょっと懐かしい気分。ちょうどカヌー犬ブックスをオープンさせる直前だったので、もう14年くらい前になるんですね。

-■で、帰ってきて、その頃のアルバムを見ようと思ったら、奥にしまっているようで見つからず、旅先でのメモ帳が出てきました。このころは旅行に行くときはポラロイドカメラを持って行って、街並みとか食べたものとか写真を撮って、夜ホテルでノートに張り付けてコメントを書いたりしてました(ポラロイドがiPhoneになっただけで今と変わらない?)。改めて見ると、ムーミンワールドのチケットやキップなども貼ってあったりして、その時のことが思い浮かびます。ときどき抜けていて日付が飛んでいたり、そもそもノートを作ってないときがあったりするところはB型なんで仕方ない(仕方なくない)。
ところで、ムーミンワールドで一番びっくりしたのは、スナフキンとかミィが着ぐるみじゃなくて、顔に色を塗ってそれらしくしていた、ということでした。建物とかはきちんと細部まで作られてるのに、そんなところがおおざっぱにになってるのが、B型としては共感(いや、別に血液型の性格とか信じてないです)。
2019年秋には、「あけぼの子どもの森公園」から少し離れたところに、本格的なムーミンテーマパークもできるようですが、その頃はもう子どもたちもムーミンに興味を失ってしまってるんでしょうね。

「Boyhood Photos of J.-H. Lartigue the Family Album of a Gilded Age」-Jacques-Henri Lartigue-

-■去年のクリスマス近くにたまたま機会があって、自分へのプレゼントとして買った写真集。ラルティーグが生涯に渡って作り続けたとされる写真スクラップブックを模倣して作られていて、写真自体は印刷されたものですが、台紙に一枚一枚張り付けられてあり、余白にラルティーグによるコメントが記されているという凝ったつくりになっている。まぁ収録されている写真自体は特に目新しい発見はないけれど、こういう形でまとめられて眺めると、ラルティーグの写真の全体像が具体化される感じがする。これがあったらラルティーグの写真集はもういらないなという気もしないでもない。いや、といいつつ、どこかで見つけたら買ってしまうかもしれない。

■去年の9月に会社が引っ越して、通勤とかちょっと楽になったけれど、近くに本屋がないのが不便。前は昼休みに青山ブックセンターやIMA CONCEPT STOREをちょこっとのぞいて写真集をチェックできてよかった。アマゾンは買うのは便利だけど、やっぱり新しい出会いはあまりないんですよね。特に写真集の場合は、本の大きさや写真の画質、全体の質感を確かめてから買いたいと思うので、画面でレコメンドを追っているだけでは、難しい。そもそもレコメンドで出てきた本が気になったとして、それだけじゃ買うまでいかなくて、ほかのサイトで写真家についてやその本について調べることになるので、まぁまぁ時間がかかってしまう。オリオンパピルスも閉店しちゃったし、写真集を手に取って見る機会がほんとなくなってしまった。
近くに写真展を行うようなギャラリーもないし、六本木はいろいろ不便だったりしたけど、今になって思うと周りは充実していた気がする。

■小沢健二の19年ぶりのシングルが出たり、Bridgeが再結成したり、今何年なんだよと言いたくなるようなニュースが飛び交ってますね。とりあえず「流動体について」はミュージックステーションに出てるのを聴いただけなので、いったん保留。アルバムが出たら買うかなと思うけど、曲自体が90年代後半のシングル盤の曲を引き継いだものなので、アルバムは出なくて、シングルが2、3枚出て、そのままという感じになるのかもしれない。そのほうが「オザケン」らしい。CDは買わないけど、ラジオとか有線とか聴こうと思っていないところで流れたらちょっとうれしい。しかし「Eclectic」と「毎日の環境学」はなかったことになっているのねー
Bridgeのほうは先日のPenny Arcadeの再結成ライブにシークレットで出た後、一回ライブをやるだけみたい。「22年間メンバー全員が揃った事がなかったバンド」だけに新しい曲を作ったらどうなるのかすごく期待しちゃうけど、そういうことにはならないんだろうね(うん、そのほうがいい)。