「東京の小さな喫茶店」を読んだのは、発売されてからかなり経った頃だったと思うのだけれど、休日、古本屋さんやレコード屋さんを回るときに持っていって、喫茶店でコーヒーを飲みながら、何回か読んだ記憶があります。多分、まだうちにあるのではないかと思う。でもどこにあるのかはわかりません(まぁクローゼットの奥かベッドの下の段ボールの中ですが‥‥。そこになければ実家か?すぐに取り出せないのならないと同じ?)。
こういってはなんだけれど、チェーン店の増加、土地の値上がり、跡継ぎなど個々のお店の事情といったさまざまな理由から、個人の喫茶店がだんだんなくなっていってしまうという状況と、1931年生まれ、昨年の時点で77歳を迎えた常盤新平さんの人生が呼応して、行間に漂っているある種の哀しさがかなりせつないです。
話が変わりますが、ケニー・ランキンが6月7日に亡くなったということを、先週の初めくらいに知ったので、追悼の意をこめて週末は、久しぶりに「シルヴァー・モーニング」や「ライク・ア・シード」を聴いてました。曲単位ではどこかで聴いたと思うけれど、アルバムを通して聴くのは7,8年ぶりなんじゃないかと思う。
ハイトーンで繊細な声とその声を最大限に活かしたアレンジが軽やかで、夏のように晴れた土曜日の夕方、ちょっとだけエアコンをつけて涼しくした部屋の中で聴いているとほんとに心地いいです。夏の休日、散歩して汗だくになりながら入った、この本に出てくるような薄暗い喫茶店で、こんなBGMが流れてきたらちょっと感動してしまうかもしれません。(強引に結びつけてみました)
とはいうものの、もともとそういう気持ちでいたのに、金曜日にマイケル・ジャクソン亡くなったので、テレビもラジオもマイケル一色になってしまい、なんだかひねくれ者のような気分になってしまったのも事実なんですが‥‥。
中でも一番、驚いたのは「サンデーソングブック」でモータウン特集をやっていたことですね。先週聴いてなくて、今週も途中から聴いたので、最初は、いくらマイケル・ジャクソンが亡くなったからって、モータウン特集はさすがにどうなんだろう?と思って聴いていたのですが、聴いているうちに先週からやっていて偶然ということが分かり、びっくり。長く番組を続けてるとそういうこともあるんですねぇ。