「献立帳」-辻嘉一-

GWに便乗して一日お休みをとろうと思いつつ結局とらなかったこともあって、19日に有休をとって3連休。人とずらしてお休みをとるとなんだか休んでばかりいるような気になりますね。といっても、下北をぶらついたり、吉祥寺を歩いたり、神保町に行ってみたり、特にどこかに行くということもないです。でも、平日に神保町を歩くというのはいいよ(私だけか?)。月曜はちょっと雨が降ったりしたけれど、久しぶりに週末いい天気が続いてよかった~

そんなわけで、土曜日はミオ犬が髪を切りに行くというので、下北に出て美容院の近くのダニエラというレストランでごはんを食べる。外から見ると普通のカジュアルなイタリアンレストランなのですが、料理ももちろん、ライスにしなくてよかったと思うくらいパンもおいしかったし、駅前から離れた住宅街なので静かだし、家の近くにこんなお店があったらいいかもね、と10人いたら7、8人は思うんじゃないかな、という感じのお店でした。適当。店の前のケースの中には、ハムの固まりやチーズ、イタリアン食材が置いてあって、ワインも充実しているようなので、気分的には夜行ってみたいです。でも下北で飲むこともめったにないし、駅からちょっと離れてるのがね~。

その後、普通にレコード屋さんとか、古本屋さん、雑貨屋さんなどを見て回ったりしていて、QUEの前を通ったときに何気なく看板を見たら、なんと「VIVA YOUNG!」と書いてあってびっくり!10年くらい前、このイベント主催していたマーブル・ダイヤモンドのメンバーが、たまたま会社にいたこともあって、よく遊びに行っていたのが懐かしい。普通に会社で働きながら、バンド活動もして、10年以上もライブイベント続けるなんて、普通の人間にはできない。マーブル・ダイヤモンドは、当時は歌謡ソウルっぽいサウンドだったのだが、今は、24/7(TWENTY FOUR SEVEN)というバンド名になってスカっぽいサウンドになってるらしいです。
思えば、ナンバーガールの東京での初ライブも「VIVA YOUNG!」だったし、出演したときはまだ二十歳そこそこで食パン投げてたポリシックスももう結成10周年だもの、いやー光陰矢のごとしだわー。

さて今週のボサノヴァは‥‥

[3]「イメージ・オン・ギター」-バーデン・パウエル-
1971年にMPSよりリリースされた作品。ギタリストとしてのストイックな面と、ところどころに聴かれるリラックスした感じのフレーズのバランス絶妙で、何年後かに聴いてもまた新しい発見があるような気がします。しかし最近はどんな音楽を聴いてもMPSにたどり着いてる気がしますね。
[4]「僕と彼女たち」-カルロス・リラ-
カルロス・リラとかマルコス・ヴァーリは、ボサノヴァの歴史の中では、2世代目になるのだろうか?両方に共通しているのは、1代目が築いた土台の上で、肩肘はらずに自由に音楽を楽しんでるというところ。いいメロディとそのメロディを引き立てるアレンジ、それだけあればOK。そしてそれだけで聴かせることができる才能を持っている人は、意外と少ない。

「植草甚一自伝」-植草甚一-

“自伝”というタイトルではあるけれど、もちろん順序立てて書かれたものではなく、少年時代のことや10代、20代のことが書かれたバラバラのエッセイをまとめたもの。なので、普通に本のことが主として書かれているのに、導入として昔の思い出話が書かれているだけものも収録されていたりします。まぁそれはそれなんですけどね。それにしても、植草甚一の文章ってこんなに脱線を繰り返していたのかな。

週末は、天気が悪かったせいもあって、ガス・ヴァン・サント監督の「パラノイド・パーク」を観に行ってきました。前に観た映画が「マイ・ブルーベリー・ナイツ」だったから約1か月半ぶり。最近は観たい映画があまりない、ともうずっと言い続けてるような気がします。ほんとは連休中に久しぶりにラピュタで一日映画を観てみようかな、なんて思ったりもしたんだけど、「ピンク映画」特集だったんですよね~。
「マイ・ブルーベリー・ナイツ」は、基本的には、ロードムービーだと思うのですが、映像的にはカフェやダイナー、バーなどの室内のシーンばかりという不思議な映画でした。ある意味ウォン・カーウァイらしい?ウォン・カーウァイは「恋する惑星」のイメージが強すぎますね。そのあと木村拓哉主演の映画を撮ったりして、醜態をさらしちゃったし‥‥
話がそれてしまいましたが、ふとした偶然から鉄道警備員を死なせてしまったスケボーに夢中の16歳の少年の、その後の日常と不安を描いた「パラノイド・パーク」、追いつめられていく主人公の葛藤の描き方が、大げさにならず淡々としていて、でもどこかに心理的な救いの手をさしのべるような暖かさが垣間見れてよかった。これをラリー・クラークとかケン・ローチが撮っていたら、見終わったあとやりきれない気持ちになってしまうだろうなぁと思う。昔の映画音楽やミュージカルから、ロックンロールやリズム&ブルース、そしてエレクトロニカまでをつないでコラージュした音楽も、そんな主人公の気持ちや映像とマッチしている。また話がそれるけれど、積極的なせいかしっくりとこない恋人に別れを告げるシーンで、「アマルコルド」のメロディが言葉のかわりに流れるのを聴いて、「マイ・プライベート・アイダホ」に出ていたリヴァー・フェニックスとフェデリコ・フェリーニは同じ日に亡くなったんだった、なんてことを思い出したりしました。次の日くらいにフェリーニが死んだことをバイト先で友だちと話してたら、フェリーニに全然興味なさそうな人が話に入ってきて、しばらく映画の話をしているうちに、「もしかして違う人のこと話してる?」みたいなことになったのがなつかしい。
あと、スケボーのシーンもそれだけで成立するくらいかっこよかったですね。と思って調べてみたら、撮影監督は、クリストファー・ドイルでした。う~ん。

「金色青春譜」-獅子文六-

今週買ったボサノヴァCD‥‥

[1]「ブラジリアーナ」-ルイス・ボンファ&マリア・トレード-
ルイス・ボンファと当時奥さんだったマリア・トレードとの共演盤。口笛やスキャット、大げさではない適度なストリングス、そして大きく前面に出たり、テクニカルな奏法を披露することのないギター‥‥など、ギタリストのアルバムと言うよりも編曲家、アレンジャーのアルバム。そんなにいろいろ聴いているわけではないので、勝手な思いこみに過ぎないのですが、ルイス・ボンファは、ギターはうまいんだろうけれど、どちらかというと、そういう道を極めるというタイプではなくて、趣味人というイメージがあって、このアルバムもそんな感じがしますね。
[2]「ポップコーン」-ルイス・エンリキ&ワルター・ワンダレイ-
ワルター・ワンダレイのオルガンというと、どうもエレクトーン教室?みたいなイメージがあるのですが、このアルバムでは、曲によっては、ちょっとハモンドに近い音色や、8ビートのちょっとファンキーな演奏もあったりする。ルイス・エンリキの影響なのだろうか?ルイス・エンリキのアルバムを聴いていないのでわからない。でも他のボサノヴァのヴォーカリストよりも線が太いので、いつものオルガンの音色だとちょっと合わないような気がします。

ゴールデンウィークは、もともとそんなに予定もなかったのだけれど、天気もあまりよくなかったので、結局、特にどこに行くわけでもなく、ちょっとだけ鎌倉に行って、いがらしろみさんのRomi-Unie Confitureで、ゴールデンウィーク限定のクレープを食べたり、市場のケーキ屋さん、鎌倉しふぉんでシフォンケーキを買ったり、御成通りを歩いたりしました。自分のボサノヴァブームが来ているので、ここはディモンシュに行って気分を盛り上げちゃおう、なんてことも考えたけど、鎌倉駅から小町通りの人混みをみて断念。いやこんなに混んでる鎌倉始めてです(まぁ初詣の時はこんなものではないんでしょうが‥‥)。

「人生劇場」-小堀杏奴-

テレビの音楽番組を見ていると、“featuring‥‥”という曲がやたらと多くて、なんだかなぁと思う。私のまったくの偏見なのですが、共演と言うには、曲自体にお互いの個性とか持ち味が活かされているようにも思えないし、どうも“featuring”するほうも、される方も、その後ろにいろいろな打算とか計算が隠れているような気がしてしまいます。
共演している方はいかにも「友だちのりでやってます」みたいな、親しげな感じを演出しているけど、実際はどうなのか。どっかのバンドみたいに、バンド結成のきっかけは“事務所での衝撃的な出会い”みたいな感じなのではないのだろうか。
ついでに書いちゃうと、“事務所での衝撃的な出会い”と言われると、単に事務所に組まされただけでは、なんて思ってしまうくせに、「マイク・オールウェイによって紹介され、エヴリシング・バット・ザ・ガールを組むことになったトレイシー・ソーンとベン・ワット」と書いてあるのを読んだりすると、いい話のように感じてしまうのも、私の偏見ですね。
ところで、“featuring‥‥”というパターンが定着したのはいつからなんだろう~と書きながら思い出したけれど、「今夜はブギー・バック」は、小沢健二featuringスチャダラパー(あるいは、スチャダラパーfeaturing小沢健二)という表記だったな。1994年、遠い昔ですね。あのときはソニーと東芝EMIの折り合いがつかなくて(?)2バージョン出てたけど、今はそういう会社のしがらみがあまりないのだろうか?

なんていう前振りは、今年ボサノヴァを聴くにあたって、ルイス・ボンファ&マリア・トレードの「ブラジリアーナ」というCDを一番はじめに買おうと思っていたのだけれど、これを含めてボサノヴァのレコードは、やたら共演盤が多いってことが書きたかっただけだったりします。
「イパネマの娘」で有名な「ゲッツ/ジルベルト」は、アメリカ人とブラジル人が演ってます的なアピールをするためだと思うのですが、ほかにもちょっと考えてみるだけでも「ドミンゴ」(カエターノ・ヴェローゾ&ガル・コスタ)や「ザ・サウンド・オブ・イパネマ」(ポール・ウィンター&カルロス・リラ)、「アフロ・サンバ」(ヴィニシウス・ヂ・モラレス&バーデン・パウエル)、「エドゥ・ロボ&マリア・ベターニア」「ブラジルの水彩画」(エリス・レジーナ&トゥーツ・シールマンス)‥‥など、すぐに浮かぶ。
その辺のノリがボサノヴァの中産階級のサークル的な性格をあらわしているような気がするし、逆にそれぞれの個性が強いので、きちんとしたグループを組むにはいたらない、という理由もあるのかもしれない。いや適当。さて、どうでもいい話が長くなってしまったので、今週買ったボサノヴァCDは次回に持ちこし‥‥。

「長春五馬路」-木山捷平-

日曜、八王子の古本屋さんで「大陸の細道」を買ったので、講談社文芸文庫の木山捷平の本も「木山捷平全詩集」を残すのみです。と思ったら、「氏神さま・春雨・耳学問」もなかった。なんとなく読んだ気がして買わなかったのだけれど、一緒に買っておけばよかった。何年か前までは、ちょっと大きな本屋さんなら普通に並んでいたのに、気がついたらなくなっていて、しかも古本屋さんでもぜんぜん見かけないので、なんとなく悔しい。この本もちょっと背が焼けている古本だけれど、値段は定価だったしね‥‥。
レジのところで店員のおじさんが「おっこれは定価でつけたんだった~」言うので、自分で付けたんでしょ、と思いながら、「木山捷平の本って、講談社文芸文庫でもなかなか出てこないですよねぇ」なんて答えたら、「いや、昨日単行本も入ったよ、その辺にあるはず‥‥」と言うので、いちおうお金を払ったあとに見に行ったら4000円だった~。4000円の本は買えないな~。
この「長春五馬路」は、比較的最近文庫になったばかりだし、敗戦直後の満州での話なので、まぁいつか買おうという感じだったのだけれど、たまたま安い値段で単行本を見つけたので、つい買ってしまいました。でも安いだけあって、函はかなり焼けていて、背のタイトルとかまったく読めません。本自体はキレイなんだけど‥‥。
前述したように敗戦直後の満州で日本に帰ることもできず、知り合いの朝鮮人の配下でボロ屋をやって生計を立てる主人公の日常を描いた作品。太平洋戦争が終わったといっても、中国では、ソビエト軍が南下し、また中共軍と国府軍による戦闘が行われていたりして、戦況は不安定なのだが、主人公の生活は飄々としてつかみどころがなく、ある意味軽やかで、どこか放浪小説のような雰囲気さえ漂っている。かなり厳しい現実を目の前にし、それを描きながらも、どこか現実離れをした浮遊感がたまらない(読みながらよく考えると、かなりきわどいことを書いているときもある)。こんな風に人生を捉えることができるということ自体がすごいことだと思う。

さて、八王子の古本屋から始まって、中央線をうろうろしたあと、夜は、吉祥寺にのHun Lahunをいうカフェでやっている「One plus One」というイベントへ。日曜の夜でも、次の日一日働いたらお休みと思うと、なんだか気がゆるむ。「One plus One」は、イラストレーターの原子高志さんと、井の頭通りにある雑貨屋「Round About」の小林くん、昔「Uppers!」というイベントやっていたイツキくんの3人がやっている基本的にはモッズ~ジャズ系のマニアックな音楽がかかるイベント。私にはジャケットを見てもぜんぜんわからないレコードばかりなのだけれど、それをBGMにしながら、お酒を飲んだりごはんを食べたりするだけで楽しい(Hun Lahunのごはんはおいしいし)。最近会っていなかった友だちが、たまたま遊びに来てたりするのもうれしい。
というか、DJのかけているレコードをチェックして、自分でも探してみるという、意欲がもうまったくないので、個人的にはかかっているレコードよりも、その場の雰囲気の方が重要かも。でもときどき会話についていけない時もあるけどね。いや、小さいながらも古本屋をやっているくせに、自分で読む本に4000円はな~なんて、こっちは思っているのに、普通に1万、2万のシングル盤を買った話とかしてるんだもん。

「時をたたせる為に」-吉田健一-

去年の今ごろは恵比寿でイベントをやっていたし、その前の年は“一箱古本市”に参加したし、その前は、東麻布でイベントをやったし‥‥と、近年、ゴールデンウィークの前くらいのこの時期は、毎年なんとなく慌ただしかったのだけれど、今年はそういった予定がなにもないので、わりと、ひま。で、時間があると結局、会社帰りにレコード屋か古本屋の寄ったり、飲みに行ってしまうわけで、週末は目が覚めるとお昼前、なんてことになってしまい、どこかに行く気も出ず、夕方近くになって吉祥寺とか西荻とかにちょっと出ると、もうあたりは暗くなり始めてる、なんてことになってしまってます。ゴールデンウィーク前にこれでいいのか?話を戻すと、イベントついては、気分的には、やるなら前回のイベントに何かプラスαしたものにしたいと、漠然と思っているのだけれど、それが何なのかわかんない、という感じ。ついでに「やりたい!」という気もあまりない、かな。古本屋ということにはまったくこだわってなくて、単におもしろいことができれば‥‥ってことだけなんですけどね。まぁ今年は、イベントなんかよりも、6月で5周年なのでなにか記念グッズを作りたいと思ってます。といっても、まだなにも決めてないので、オープンした6月10日までにできるかどうかわかりませんが‥‥。

さて、話は変わりますが、この季節になると、毎年、今年こそはボサノヴァのCDを集めてみようと思うのだけれど、たいていほとんど聴かずに夏が終わっていて、去年も確か、5月の連休が終わった頃にディモンシュに行って、フリーペーパーを読んだり、店長の堀内さんに西荻にあるブラジルバーの場所を教えてもらって、その後、友だちとそこに飲みに行ったりしたのだけれど、けっきょくほとんどCDは買わなかったですね。というわけで、今年は、夏が終わる頃までに買ったボサノヴァのCDを、ここで簡単に紹介していきます。いや、なんでそんな義務を自分に課してまでボサノヴァのCDを聴かなくちゃいけないのか、理由がまったくわかりませんが。基本、中古レコード屋さんでたまたま見つけて買ったCDに、備忘録程度のメモをつけるだけなので、これからボサノヴァやブラジル音楽を聴こうとしている人の参考にはならないですけどね。

「石の言葉」-大佛次郎-

年が明けたくらいから、夜家に帰ってから、本の発送作業やメールの返事、Webへの追加作業などをしているときに、フーディーズTVを見ていることが多い。前だったらカートゥーンネットワークを見ていたのですが、見た番組の再放送が多いし、以前ほど見たいと思う番組もなくなってあまり見る気がしない。といっても、作業をしながらだし、実際に紹介されている料理を作ろうと思っているわけではないので、ほとんど画面を見てないんですけどね‥‥。そんな中でちょうど寝る前くらいの時間に「裸のシェフ ジェイミーのシンプル・クッキング」をやっていて、なんとなく毎日見ているのだけれど、ジェイミーのオリーブオイルの使い方が半端ではなくてびっくりしてしまいます。750mlのビンが一週間でなくなっちゃうのでは?というくらいなんですよ。それを寝る前に見るというのもどうかと思うのですが、まぁたいてい途中で寝てしまうので、最終的にどんな料理ができているのかわかりません。ただ「裸のシェフ」というタイトルが出るたびに、これはバロウズの「裸のランチ」をもじっているのだろうか、と思ってしまう。だからどうしたということもないです。適当。
それから、わりとBGMがいいというのも、フーディーズTVを流していていいなと思う理由の一つ。番組中ずっとスカがかかっていたりすることもあるし、番宣でもユア・ソング・イズ・グッドとかリトル・テンポとかがよく流れてるので、画面を見ていないときでもBGMとして都合がいい。最近、お気に入りのペペ・カリフォルニアも、「イエス・アイ・ドゥ」を買おうかずっと迷っているうちに忘れかけていたのだけれど、先日、代官山のstylesで「LLAMA」を試聴してみたら、フーディーズTVの番宣で使われている曲だったという‥‥。いや、それよりもキリンのCMで使われているという、ゆるやかな打ち込みの上に口笛で奏でる軽快なメロディのる一曲目を聴いただけで、「これはいい!」と。そんなわけで、2000年に発売されたこのアルバムが、今さらながら我が家のヘヴィー・ローテーションになってます。それにしても今年は、暖かいなと思ったら、雨が降って急に寒くなったり、本格的な春がなかなかこない気がします。桜は早く咲いたのにな~

「たろうのひっこし」-堀内誠一-

■「知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッリ展」(東京都写真美術館)
マリオ・ジャコメッリは、ほとんどの作品を、生まれ育ったイタリア北部のセニガリアという街で撮り続けたというイタリアの写真家。この展覧会の告知を見るまでは知らなかったのだけれど、これ以上はっきりさせると対象が消えてしまうのではないかと思うくらい、強烈な黒と白のコントラストが、写真の中の10代の男の子たちの心情をあらわしているような、雪の中で遊ぶ神学生の写真にひかれて見に行ってみました。
写真というメディアが、その決定的な一瞬を切り取ったものだったり、写真の中で構成されるものへの人為的なこだわりだったり、現像時の技術だったり、コラージュだったり‥‥する芸術だとしたら、マリオ・ジャコメッリの写真は、そのどれにも当てはまらないとも思うし、かつ、どれにも当てはまっているような不思議な個性を放っていて、見ていると少し疲れてしまった。写真の表現方法というのは奥深い‥‥

さて、恵比寿から移動して、渋谷のパルコでやっている「“AGFES”-AGFA コレクターズカメラフェア-」へ。こちらは、AGFA(アグファ)のカメラやフィルムの展示販売。レアとか個性的な冠をつけているとなんなんだけど、トイカメラの域を出ず、個人的にはあまりひかれません。別にライカとかハッセルとか欲しいとは思わないけれど、LomoとかHolgaもどうかと思うんですよねぇ~。といいつつ、ズイコーの魚眼レンズがなかなか手に入らないので、LOMO fisheyeを買ってしまおうかと思っている今日この頃なんですけど。
アグファについて言えば、15年くらい前、カメラを持ち歩くようになった頃、アグファのフィルムを使ってました。なんでだったのか忘れたけれど、ヨドバシカメラでよく安売りをしていたののですよ。あと、たしかアグファのフィルムをヨドバシカメラに出すと現像料がただだった記憶があります。それから、これもあいまいな記憶なんですが、ゴダールがアグファのフィルムを使って映画を撮っていたとかなんとかで、その影響もあったような、ないような‥‥。最近は、特にこだわりがあるわけではないけれど、コダックが多いですね。変遷としてはフジ→アグファ→コニカ→コダックという感じなんですが、たまにフィルムを変えると、「こうなるだろうなー」と思って撮った写真が、なんとなくですが、ちょっと違った感じになって、現像から戻ってきたりして、新鮮な気分になります。逆に、頻繁にフィルムを変えてしまうと、思っていたような写真が撮れなくなってしまうこともあり。もちろん“思っていたような写真”が、“いい写真”かどうかは、それはまた別の話‥‥。

「まほうつかいのでし」-大石真、柳原良平-

先日見に行った「100冊の絵本展」で展示されていたものの日本語版。普段使っているモールスキンの手帳の残りが少なくなってきたので一緒にamazonで注文したのだけれど、大判で紙の質も厚めだし、色合いもいい。もっとも柳原良平の絵は、切り絵ということもあって、わりときれいに印刷されるので、色合いなどでのはずれはあまりないかも。
今のモールスキンの手帳は、2006年の11月から使っているので、1年半くらい持ち歩いていることになります。基本的に、毎月のスケジュールや(基本、会社以外の時間でそれほど予定もないので、カレンダーのものを買う必要もない)、やらなきゃいけないことのメモ、欲しい本やCDのリスト、毎日のメモを2、3行くらいしか書くこともないので、全然進みません。あとは、どこかで拾ってきたりした紙ものの切り抜きを貼るくらいですか。片岡義男は、モールスキンの手帳を12冊まとめて買って、1カ月に1冊ずつ、1年で使い切るくらいがちょうどよい、といったことを書いていたけれど、内容はもちろん、そもそもそんなに書いている時間もないですね。ただもう少しがんばって、一年で1冊終わるくらいにはしたいと思ってますが‥‥(がんばるものでもないんですけど)。

「たらちおの記」-内田百けん-

父親や母親、祖母のことや故郷の岡山について、幼年時代の思い出‥‥などをつづった随筆を集めた本。前に読んだ本に書かれていたエピソードやこの本の中でも重複があるけれど、そういったエピソードをうまくつなげていく流れが巧みなので、あまり気にならない。もともとの記憶力の問題もあるのだろうけれど、同じエピソードをどれだけ違う見方で書くことができるかということが、随筆を書くうえでいかに大切かということがわかります。(もちろんそれだけではない)

1月に、ハーモニーグラスからエジソン・ライトハウスまで、イギリスのハーモニーグループをよく聴いているということを書いて、ちょうどサンフランシスコに行く前だったので、フラワーポット・メンの「Let’s Go To San Francisco」に強引に引っ張っていったのは、半分ネタで聞いてみただけだったのですが、その後、意外とはまってしまい、2月、3月は、アイヴィー・リーグとかグレープフルーツ、オレンジ・バイシクル、ホワイト・プレインズ、マーマレイド、シンボルズ‥‥といったハーモニーグループをずっと聴いてました。って、それだけなんですけど。
いや、何を書きたいかというと、70年代のトニー・リヴァーズはいい!ってこと。トニー・リヴァースは、基本的にビーチボーイズフリークというか、コーラスも含めてかなりサウンド全体がアメリカ寄りなので、もう少しイギリスらしさがあればいいのに‥‥なんて書いてしまってすみません!(誰に謝っているのか?)もうね、「HARMONY WORKS IN THE STUDIO」を聴いてると、トニー・リヴァーズのコーラスが大爆発で、“アメリカ寄りとか”とか“イギリスらしさ”とかどうでもよくなってしまいます。今まで70年代のだからという理由で敬遠しててもったいないことしました。いつか「Top Of The Pops」とかクリフ・リチャードとかも聴いてみたい。といっても、自分でアナログを集める気はないので、どこからかコンピが出ないかなぁ、と思う今日この頃です。