「わが師、わが友」-山口瞳-

◆山下達郎のシアターライブを見てきました
山口瞳のエッセイは必勝テーマというぺき、これについて書いたらほぽ100%おもしろいというテーマがいくつか存在していて、これもその必勝テーマの一つ。その延長として追悼文があるんじゃないか。

高橋義孝、吉野秀雄といった先生や梶山季之、開高健といった仲間、戸板康二や高見順、池波正太郎といった先輩、そして国立でどの人も個性的でうちに何かをもっていてスパラシイ。そうしたことを何気ないエピソードを紹介ながらわかりやすい短い文章で断定してしていくので、読んでいるとものすごく納得させられてしまいます。

ただふと冷静になって考えてみると、その紹介されているエピソードと山口瞳の結論が微妙にかみ合ってないような気がしたり、そもそももしかして何の根拠もなく言ってません?みたいなところもある。それを感じさせずにスムーズに読ませてかつ納得させられてしまうところが、山口瞳の真骨頂なのだろう。なので、取り上げられている人がほんとうに山口瞳の言うような人だったのか、100%信じられないところもあるのだけれど、そういったことを含めて山口瞳の“芸”を堪能できます。

前回、映画もぜんぜん見なくなってしまって久しい、なんて書きましたが、すっかり諦めていた「山下達郎 シアターライブ」が、連休中に立川で上映されるというので、4年ぶりくらいに映画館で映画を見てきました(あ、このあいだ調布でやってたキンダー・フィルム・フェスティバルで「機関車トーマス」とか見たか)。

前の方かつ隅という決してよくはない席だったのですが、1時間半どっぷりと達郎のライブを堪能。山下達郎の音楽を初めて聞いて30年ちょっと、もっとがんぱってチケットとってライブに行っておけばよかったと激しく後悔してます。1984年から2012年までのライブがつなぎ合わせれているのですが、基本的な演奏スタイルは変わらないし、今でも声が出てるし、髪型以外の達郎の容貌もあまり変わってないし(長さは変わってるけど薄くなっているという感じはない!)、ステージセットのコンセプトも同じだし、まったく違和感がないのがすごい。

ステージ上を走り回ったり、派手な演出とかライティングがあるわけでもなく、ただただ歌と演奏を聴かせるだけのライブ。山下達郎も含めてメンバーも楽しそうに楽器を演奏しているけれど、目は決して笑ってないというね。ミュージシャンがわりと狭い範囲で固まっているので、じつくり演奏する様子を見ることができるのがいい。山下達郎一人を目で追いかけても演奏中の細かいところを見落としたりしちゃうのに、そこに入ってくるパックのミュージシャンも演奏も見なくちゃいけないし、一回見ただけでは味わえないものがたくさんあります。実際ツイッターとかを見ていると何度も観に行っている人もいて、その気持ちがよくわかりますね。

基本的にはレコードのものを踏襲したアレンジになっていて、ライブ用に大きく変えてないところもこのライブの演奏のすごさを際立たせていると思います。そしてときおりユーモアあふれる音楽的な演出になんとなくソウルミュージックからの影響を感じたりしました(といってもソウルのミュージシャンのライブとか見たことないけど)。

しかしこれ見ちゃったらぜったい次は生でライブを見たくなるはず。次回のツアーはまたチケットが取りにくくなっちゃうんだろうなあ。ちょっとがんばってみようかな。

「銀色の鈴」-小沼丹-

◆連休中に行った展覧会をいくつか
前回に続いて小沼丹も出たらとりあえず買っておく系。今年に入ってもう一冊「更紗の絵」という本も出てるのでそちらも買っておかねば‥‥。講談社文芸文庫がそういう位置づけになりつつある今日この頃です。でも小沼丹は、老後の楽しみにしている全集はまだまだ読めないし、昔の単行本も高くて買えないので(昔よりも若干安くなってきてるような気も‥‥)、講談社文芸文庫から新しい本(?)が出るのはありがたい。意外と文芸文庫から小沼丹の本出てるんですよね。しかもあまり絶版になってない。(しかし7冊全部買うと9167円!)

■講談社文芸文庫から出ている小沼丹の本
 「銀色の鈴」
 「更紗の絵」
 「村のエトランジェ」
 「懐中時計」
 「小さな手袋」
 「埴輪の馬」
 「椋鳥日記」
 あと創元推理文庫から「黒いハンカチ」という探偵小説も出ています。

さて、この本は、戦中に疎開先での教員体験をユーモラスに描いた大寺さんものの「古い編上靴」、信州に別荘を持った友人を訪ねる「山のある風景」、戦前の良き時代の交友を語る「昔の仲間」、こどもの頃に定期的に訪ねた逗子の伯母の別荘でのできごとを語りつつ、伯母の家の凋落に時代の変遷を重ねる「小径」など7篇が収録されています。

どれも淡々とした文体でつづられた穏やかないい作品なのですが、なんといっても表題になっている「銀色の鈴」がいい。前妻の突然の死から再婚するまでを描いていて、自身の経験をもとにしているのにもかかわらず心情の告白するわけでもなく、娘たちとの葛藤があるわけでもなく、あくまでも普通の生活としての娘さんや飲み屋のおかみさん、作家仲間たちとのやりとりがあって、その間にあっさりとした表現で主人公の気持ちがつづられてます。そんな日々の表層の部分だけを切り取って巧みにっないでるだけなのに、行間から深い感情がじわあっと浮き上がってきます。この大寺さんという視点の人物を作ったことで、「いろんな感情が底に沈殿した後の上澄みのようなところが書」けたと小沼丹自身も言っていたようです。

ちなみに大寺さんものは以下の12篇。全部収録した文庫をどこかで出してくれないものかな。文芸文庫が難しいならちくま文庫でお願いします!(ちくま文庫のほうがあってる気がしますね)

■大寺さんもの
 「黒と白の猫」
 「タロオ」
 「蝉の脱殻」
 「揺り椅子」
 「古い編上靴」
 「銀色の鈴」
 「藁屋根」
 「眼鏡」
 「沈丁花」
 「鳥打帽」
 「入院」
 「ゴムの木」

さて、先週からミオ犬と子どもたちが長崎に帰っていたので、連休はなんとなく美術館巡り。去年もそうだったけれど、映画もぜんぜん見なくなってしまって久しいし、行きたくなるようなライブとかイベントがタイミングよく帰省中にあるということもそんなにないし、ついでに古本屋とかCDショップをまわりつつ行くとことと言えばまぁ美術館ぐらいしかないんですよね。
そんなわけで見に行った展覧会についてちょっとずつ。

■「操上和美写真展:時のポートレイト」
展覧会といえばまず東京都写真美術館を調べてしまう。でも操上和美についてはまったく知らなくて、説明によると「70年代から、日産『フェアレディZ』、サントリー『オールド』、ブリヂストン『レグノ』等のCMや、ロバート・フランク、笠智衆、キース・リチャーズ等のポートレイト」を手掛けているとのことで、最初はあんまり興味もなかったのですが、調べていくうちに初期の頃から「Switch」の表紙を手掛けていることを知り、興味がわいてきた次第。
実際にはコマーシャルフォトが展示されているわけではなく、おもちゃのカメラで撮影されたモノクロ写真や、故郷である北海道への旅をまとめたシリーズ、日常的に撮りためたスナップショットと、3つのシリーズの写真作品が展示されています。
特におもちゃカメラで撮られた「陽と骨」シリーズの作品は、元々が粗いにもかかわらず、それをさらに引き伸ばしていて、ざらざらとした質感や傷が生々しくてよかったですね。結局、モノクロでもカラーでも作品の中に詰め込まれた情報量が削られたものが好きなんだなあ~

■「大正・昭和のグラフィックデザイン小村雪岱展」
小村雪岱は原田治の「ぼくの美術帖」で知った画家。この展覧会では、泉鏡花などの本の装幀や舞台装置の原画などが展示されてます。描かれている内容は、女性の雰囲気も含めて江戸情緒にあふれているのですが、全体から受ける印象は洗練されていてその折衷がすばらしい。少女趣味っぽいところや色気にはしることもなく描いている対象を冷静に眺めてるところがいいな、と。実際は気に入った女子をモデルにして描いてるらしいので単にイメージなのかもしれないですけどね。
それにしても100年近く前に刊行された本も展示されているのですが、どれも状態がよくてびっくりです。個人蔵となっていたけれど、どんなコレクターが所有しているのだろうか。かなり気になります。あと今出ている本が100年後にこんな風に展示されるようなことがあるのかなぁ?ともちょっと思いましたね。電子書籍だから劣化せず100年後も今と同じ状態で見れるのか?しかし少なくとも紙の本は個人でもちゃんとすれば、100年保存できるかもしれないけど、100年後でもちゃんと起動するかたちでiPadを保存しておくのは無理だからねえ~

■「清方の美人画」
小村雪岱が鏡花の本の装幀を手掛ける前に、装幀を行っていたのが鏑木清方。芝木好子や戸板康二など最近読んだ本で続けてその名前が出てきていたりして気になってました。鎌倉に行ったときにちょっと時間が空いたので、いい機会と思い鏑木清方記念美術館に寄ってみることに。
ちょうど展示されていたのが、清方が鏡花をはじめとした挿絵画家として人気を得たあと、自由な画題で描きたいという思いから、日本画家に転身した後の時代の作品だったので、初心者としてはもう少しいろいろな面からこの画家の作品を見てみたいです。また機会があったらどこかの美術館に足を運んでみます。

■「芹沢銈介の作品と収集II 身にまとうよろこび」
去年から芹沢銈介の展覧会を見るのは3回目。今回は展覧会を見るというよりは、芹沢銈介美術館に行ってみたかっただけですね。実際、展示としては芹沢銈介の作品が半分、芹沢銈介が収集したアジアを中心とした着物や布が半分という感じでした。日本のものでは、影響を受けたと言われる沖縄のものがなかった気がしたけどなぜかな?
建物は建築家の白井晟一が設計したもので、建物の外の噴水と池、椿の緑、そしてそれを囲むような石の壁のコントラストとバランスがいい。そして建物の中は太い木の柱が多く使われていて、展示されている芹沢銈介の作品にマッチしていて、大胆に素材を使い分けている感じでした。

■「フィンランドのくらしとデザインームーミンが住む森の生活」展
こちらはついでに。見る前からわかっていましたが、ムーミンをはじめカイ・フランクの量産型食器、マリメッコのファブリック、アアルトの椅子や照明器具などについては、まとめた形で見るおもしろさはあったけれど、新鮮さはそれほどなかったです。それよりもフィンランドの自然を描いた絵画や彫刻、民族叙事詩「カレワラ」の挿絵原画など、前述のプロダクトデザインの土壌となった作品のほうがおもしろかったので、この辺の展示がもう少しあったらと思いました。(それだとキャッチーじゃなくなってしまい人が来なくなっちゃうのかもしれないけれど‥‥)

「聖ヨハネ病院にて・大懺悔」-上林暁-

◆9月29日は暁くん1歳の誕生日でした
収録されている作品がすでに読んだものばかり、というのは分かっていたけれど、とりあえず買っておく。しかし前に文芸文庫から出ていた「白い屋形船・ブロンズの首」と収録されている作品が10編中3編かぶっちゃってるってのはちょっとひどい(新潮社から出ている文庫とのかぶりも3編)。上林暁の本なんて全部で30冊くらいしかないのだから、全部、文庫化してくれればいいのに、って思ったりもしますが無理ですかね。
前回書いた山下達郎のベスト盤じゃないけれど、紙の本もあと数年くらいしか出すことができないかもしれないので、“出すなら今のうち”という気持ちで、編集者が出したいものをどんどん出版して欲しい(笑)。なんてことを古本屋がのんきに書いてていいのだろうか?

話がそれましたが、上林暁は夏葉社からもアンソロジーが出ているので、近いうちにそれも読むつもりです。文庫とはかぶっていないようだし、独自の切り口で選ばれた作品が収録されているみたいなので、楽しみ。でも、なんとなく選者の思い入れが、表紙の裏とかページの隙間とかからはみ出してきてちょっとつらいんじゃないかと思ったりもしてます。まぁ結局のところ本の値段が高いのでなかなか手が出ないだけなんですけどね。
あと、上林暁のアンソロジーと言えばちくま文庫から出てた「禁酒宣言」がよかった。ときどき読み返したいと思うけれど、本棚の奥のほうにあってなかなかとりだせないままになってます。

ちなみうちの子に暁とつけたのは、上林暁から、というわけではないです。まったくの偶然というわけではないですけど。

その暁くんも29日で1歳。去年、「生まれた~」という連絡を受けて、新幹線で長崎まで行ったときから1年。今ではもう歩き始めて、毎日少しずつ歩ける距離も長くなってるし、離乳食もだんだん普通の食べものに近付いてるし、赤ちゃんの一年は大きい。そして確実に前に進んでいく。

とは言っても、1歳の誕生日なんて、本人は何も分かってないし、おいしいものを食べられるわけでもないので、大人たちが単に「大きくなったねえ~」みたいな感じで盛り上がるのと、お母さん一年間お疲れさまでした、って感じになっちゃうんですけどね。ほかの人はどうしてるんでしょう?漣くんの時は長崎から義母が来ていたので、長崎のしきたりで大きなお餅を踏ませたりしてたけど、東京・神奈川はそういうのない気がしますね。あるのかな?
しかし先週はうちの親や妹が来てケーキを食べたり、当日は立川に出てキ八チでちょっとぜいたくなランチにしたりと、暁くんにまったく恩恵がなしの状態だったので、家族で食べるケーキくらいは暁くんも食べられるものにしようと、1歳から食べられるスポンジケーキのセットを購入。

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漣くん飾り付け中~!

甘いしふわふわしてるしおいしいかったのか、ろうそくを消して切り分けた瞬間から二人ともすごい勢いで食べ始め、ほぼ全部、二人で食べてしまうという結果に。こんなに食べさせていいのか?という気持ちもありつつ、誕生日だからということで‥‥。

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そして次の日、3人は羽田から長崎に旅立って行きました~長崎でも誕生日を祝ってもらうんでしょうねえ~