「私の女房は機嫌のわるいときに歌を歌う。もっと機嫌がわるいときは、くちのなかで『むにゃむにゃ童子』と唱える。これが、いちばん辛い。『パパが悪いんだからね』女房が言う。私のすすめで、女房は二度の堕胎をし、生まれることのなかった子供に、私の知らない戒名をつけていた」
“むにゃむにゃ童子”というのは、そういうことだ。よく事情も知らないで、と言われそうなのを承知で言うと、その辺に山口瞳の怖さというか冷静さがあらわれているようで、読んでいてすこし怖くなってしまう。山口瞳の作品を、「私小説」というには違和感があるのも、書くことで自分を追いつめていったり、自分自身を切り刻んでいくだけではなく、どんな状況を描いていても、どこか第三者的な冷静な視線が見え隠れするからなじゃないだろうか、と思う。どんな状況に追いつめられたとしても、それに溺れることはなく、判断は常に冷静で、しかもある意味容赦ない。
ついでに貧乏ということに関して言えば、ここに収録されている「貧乏遺伝説」では、
「私小説を書く人は貧乏であるという。私小説とは貧乏を書くことだった。僕はそう思って愛読してきたのであるが、たとえば何かの折りに書物の口絵かなんかで、その小説家の生家が写真で紹介されたとする。僕は吃驚仰天する。裏切られたように思う、なんと、その小説家の生家は、城のように大きくて、今も現存しているのである。
たとえば、いよいよいけなくなって都落ちするという。そういう小説がある。僕は都落ちということが羨ましくてならなかった。なぜなら僕には落ちていく先きがないからである。どこに行くことも逃げることもできない。」
といったことを書いている。またこうも書いている。
「第一、貧乏生活を書けるということは、それ自体、金持ちなのである。本当の貧乏人は、恥ずかしくって書けない」
本人にとっては、他の私小説作家よりも深刻な状況下で、自分を切り刻みながら創作活動をしている気持ちなのだろうし、作品を読み続けていると、実際にそうであることもわかる。そういう気持ちで読んではいるのだけれど、深刻であれば深刻であるほど、滑稽さが表面にでてしまうという面もあったりして‥‥困る‥‥。