「田中小実昌エッセイ・コレクション[5] コトバ」-田中小実昌-

最近、なんとなくバスで通勤するようにしている。ときどき時間がかかったりもするけれど、乗り換えもないし、遅刻ぎりぎりに会社に行くわけではないのでかなり楽だったりする。暖かくなってきたからバス停でバスを待っている時間もつらくない。
バスの中ではたいてい本を読んだり、寝ていたりするのだが、ときどき顔を上げて窓の外を見ると、今まで気がつかなかった建物があったりして、朝からなんだかいい気分になる。そんな風にバスに揺られていると、コミマサさんの本を読みたくなる。単純ですね。つい会社の前のバス停を通り過ぎ、終点まで行って、適当にバスを乗り継いで、伊豆の方まで行っってしまったりする、ということは、もちろん、ない。

コミマサさんの本を読むのはちょっと怖い。例えば、「ときおりユーモアを交えてなんて言わない」ユーモアとは生き方であり、生活なのだから。なんてことが書いてあったりすると、自分が前にそんな言い回しをしてなかったかどうか、ドキドキしてしまう。その反面、「感動なんて、つまりは泣き落としじゃないか」なんて書かれていたりして、ついうなずいたりしてしまうのだけれど、それもコミマサさんに言わせればよくないことだろう。ましてや、こうやってその言葉だけ引用するなんて、言語道断なことだ。
そういう風にヒヤヒヤしたり、ドキドキしたり、自分の胸に手を当てて読み進めていくと、取り返しのつかないことばかり思い当たって、体に悪いような気さえしてしまう。というのは言い過ぎか。