「クロッカスの花」-庄野潤三-

週末は、初夏のような暖かさでジャケットを着て歩き回っていると、汗をかいてしまうくらいだったのに、週が開けてからは雨続きで、冬に戻ったような寒い日になってしまった。せっかく咲いた桜も散ってしまったんだろう。今年は、3月になってもなかなか暖かくならない、と思っていたら、急に暖かくなって、ようやく春が来た、と思っていたのにね。天気予報では寒さのほうは明日まで続くようです。

「求められて、何か書きとめて」おいた「備忘録」らしく、子どもたちの行動や庭の様子、近所に住む人たちとのやりとりなどを書きとめたスケッチ、友人や恩師たちとの想い出、文学について、ガンビア・・・・など、1ページにも満たない短文から数ページにまたがるものまで、思いつくままにつづられた89編。庄野潤三の作品は、完全なフィクションというよりも著者の身の回り、日常をつなぎ合わせて一つの世界を作るというスタイルなので、そういう意味では、随筆でもフィクションでもそれほど印象は変わらない。違いがあるとすれば全体を覆う世界観構築の緻密さ、という点になるだろうけれど、完成された水彩画よりもクロッキーや鉛筆で描かれたスケッチの方が、著者の心象が現れてくる場合もあるわけで。

ここにに収められている随筆の一つに、「英語歳時記/春」という文章がある。アメリカやイギリスには日本の歳時記に当たるものはないが、詩歌や散文の中には四季の花や天候についてふれているものが多い。それならば日本人の手でイギリス・アメリカの文学作品に描かれたものを素材として、歳時記らしい書物を組んでみようという試みから組まれた「英語歳時記/春」を紹介したもの。その中で、一つ取り上げられているのが、「スプリング・シャワー」(春のにわか雨)。「雨を含んだ風が吹き出すと、遊んでいた子どもらはわが家へ走り、辻音楽師も近くの軒先へ逃げ込む」と、イギリスの4月の雨の気まぐれな降りかたをあらわした言葉だそうだ。