「親馬鹿始末記」-尾崎一雄-

-■尾崎一雄と尾崎士郎という二人の作家の娘は、両方とも同じ一枝という名前で、年も1歳違いらしい(もちろん苗字は両方とも尾崎)。それをネタに赤ちゃんの頃のエピソードから同じ大学に入るという顛末、そして結婚し姓が変わるまで(結婚した時期もほぼ同時期という‥‥)をつづった作品を中心に、息子や次女のこと祖父のことなどをについての作品が収録された短編集。(尾崎一雄の場合、短編集と書くべきなのか随筆と書くべきなのかいまいちわからない)
同じクラスになって、先生が「あなたのお父さんの商売はなんです?」と聞くと、二人とも「小説家です」と答える。さらに先生は、「尾崎という小説家は二人いますが、いったいどっちの尾崎さんです?」と聞くと、二人は「うちのお父さんは、小説のうまいほうほうの尾崎です」と答えるという妄想が楽しい。売れてるとか人気があるとかではなく、「小説のうまい」という表現がいい。そういう関わりもあってか二人は仲もよく、後年、共著で、「ふたりの一枝」という本も出しているとのことです。

-■暁が4月に小学校に入学するので、入学祝を兼ねてうちの親に学習机を作ってもらい、週末にうちに来て組み立てました。父親は特にそういう仕事をしていたわけでもないけれど、昔から日曜大工が好きで、たぶん、実家にある家具の半分くらいは手作りなんじゃないかと思う。大学生の頃、外においてあった物置が壊れて、買いなおそうとしたときに、「丈夫なものを買ったら高い。自分で作ったほうが安く済む」と言い出して、作ってみたものの、下にものを入れられるように高くしたり、扉もちゃんとしたサッシを入れるなどして、買った場合よりも倍以上の出費になってしまったこともある。でも、それから25年くらい経ってるけど、いまだにその物置を使っているので、結果的にはよかったのかもしれないですけど。
話を戻すと、うちの兄弟に作ってもらった机は、もともと甥っ子に作ってものと同じ形で、妹がどこかの机のパンフレットを渡して、それに似せて作ったもの。今回で3台目なので、ところどころが改良してあったり、引き出しなどもよりスムーズに引き出せるようになっていたりして、作った本人はかなり満足してました。暁もようやく自分の机が来て喜んでて、机の前で座ったり、本を並べてみたい、なぜかランドセルをしょってみたりしてましたが、3年生くらいになるまでは、リビングのテーブルで宿題などをすると思うし、当分使わないんでしょうね。

■わたし自身は日曜大工で何かを作ったりすることもないし、上手に作れるわけではないので、子どもの頃に遊んでばかりいないでもっと父親の手伝いをすればよかったと今になってみると思う。と言っても、作りたいものはカヌー犬ブックスが出店したときの什器とかなんで、作ったとしても普段の置き場所がないというのが、作ら(れ?)ない一番の理由なんですけどね。在庫の本も含めていろんなものを収納できる倉庫がほしいー

■ところで、この短篇集の中の一篇に、尾崎一雄が、自分の敷地内になる大木を切って材木として売って欲しい、と言われ、いろいろ迷いつつも、他人に売るなら自分は器用なのでこけしでも作って、顔は奥さんに描いてもらって、商売でもしようか、というくだりが出てくる。
うちもお正月とかに親戚が集まった時など、売って商売にすればいいのにと言われていたけど、父親にそういう気はまったくなかったらしい。作るのはもっぱら自分の家の中のものだけで、近くに住む親戚などに頼まれたりすることもなかったな。あと何十年か若かったらネットで売ったり、請け負ったりすることもできたかもしれないけど、その辺はほんと疎いというか、まったく興味ないからなぁ。父親の興味のないものに対しての無関心さはなんなんだろう?とずっと思ってたけど、気がつけば自分がそうなってたりするからほんと怖い。そういえばそんな話を最近飲んでるときにしたな。