「世界のグラフィックデザイナーのブックデザイン」-小柳帝-

◆アーティストの本いろいろ
ポール・ランド、ソール・バス、ブルーノ・ムナーリ、エンツォ・マーリ、オーレ・エクセル、スティグ・リンドベリ‥‥といったアメリカ・ヨーロッパのグラフィックデザイナーがデザインした本を紹介した本。有名なデザイナーが多いので、ページをめくっているとこういう本持ってなかったっけ?という気もちょっとしてしまう。でも各作家の作品を断片的に見た記憶があるだけで持ってない。まあそんなものです。

とはいうものの、最近はブックデザインの本よりもレコードジャケットの本のほうが気になってたりしますね。いろいろな種類のものがけっこう出たので、もう出尽くしたのかなという感じがするのと、自分がアナログ盤を買わなくなったから、かな。とりあえずジャイルス・ピーターンンが監修したポサ・ノヴァのレコードジャケット本は欲しい。あと今さらながらサバービア・スイートのディスクガイドとか‥‥。

日曜はビームスのトーキョー・カルチャートでやっていた 「Here is ZINE tokyo 3」へ。信藤三雄や伊藤桂司、若木信吾、テイ・トウワ、ヒロ杉山、箭内道彦‥‥といった42組のアーティストによる、テーマもサイズもページ数も自由に作った限定5部の手作り本が展示されてます。

異なる素材のマテリアルをビニール袋でまとめたものや、厚紙できた表紙できちんと製本されたもの、新聞紙にコラージュを施したものものなどから、写真やイラストを簡単にまとめただけのものまで、個性的な手作り本がずらりと並べられていて見ごたえがありました。ただ会場の作品が展示されているという感じで、適当に手にとって眺めたりできない雰囲気があったのが残念。少なくとも座って見たい気はしますが、そういうわけにもいかないんでしょうね。

今年の夏はAORばかり聴いてました。今までもAORを聴こうと思ったことが何回もあるけれど・いまいちはまれないままだったのは、やはりものすごくメジャーなものからマイナーなものまで幅が広すぎることと、たどっていくための軸寺決められないという理由が大きいです。実際、今でもその軸が分からなくてかなりぐらついている感じです。
基本的には、どの音楽を聴くにもメジャーなものもマイナーなものも含めた形で、自分がいいと思えるアルバムを追いかけられたら、と考えていて、たいていの場合、まずはプロデューサーやブレイヤーなどのスタッフかレーベルをたどっていけば、大きな間違いはないと思っているのですが、そもそもAORってプロデューサーやスタッフの音楽という面が大きいし、一応メジャーレーベルから出ているものがほとんどなので、この手が通用しないのです。

そんなわけで、AORのレコードを紹介しているサイトを見たりして、よさそうなものを別のところで視聴して、よかったらリストに入れる、みたいなことをしなくちゃいけなくてかなり面倒。いや、ほんとはいつもこのやり方でレコード買ってれぱ、はずれをかなり減らせるんでしょうけどねえ。

ついでにAORに関して言えば、レコードを買う時の最終手段、「ジャケ買い」もまったくできません。さっきレコードジャケット本もいろいろな種類のものがけっこう出たって書いたけれど、AORのレコードのジャケ本はさすがにないのではかと‥‥。

「民藝四十年」-柳宗悦-

◆さよならシナトラの「セプテンバー・オブ・マイ・イヤー」とほかのレコードたち
最近は駅まで自転車で通勤するようになったので、また少し読書時間が短くなってしまいました。パスに乗ってるのは待つ時間も含めて行き帰りでまぁ30分弱くらいですが、それでも毎日となると大きい。本を読む時間だけではないけれど、もっと意識的時間を作っていかないとダメだなと思う。それは自分のための時間もそうだし、漣くんと何かをする時間もそう。残された時間は少ないというほどの歳ではないと思うけれど、気がつくと、「今は仕方ない」という気持ちで、いろいろなことがなし崩し的になってしまいそうだからね。

そんなことを思いながら、フランク・シナトラの「セプテンバーソング」を聴いてます。このシナトラの「セプテンバー・オブ・マイ・イヤー」は、高校生の時に「セプテンバーソング」が聴きたかったためだけに買ったレコード。石川町のタワーレコードで1000円くらいだったと思うけれど、特にシナトラが好きというわけではなかったし(当時からアステア~メルトーメ派)、そこまでしてなんで「セプテンバーソング」を聴きたかったのかは分かりません。知識も情報もない1980年代の高校生としては、「『セプテンバーソング』が収録されているジャズのレコード」を探すってだけでも、けっこう大変だったんですよ。
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「5月から12月までの時間は長いけれど、9月の声を聞くと(人生の秋になると)残された日々は少なくなる。だから、貴重な日々をあなたと一緒に過ごしたいのだ」(セプテンバーソング)

しかしそんな歌詞の歌が入ったレコードを必死に探してる高校生ってねえ‥‥。
しかもいま知ったのですが、この「September of My Years」ってシナトラが50歳になったのを記念したバラード集だったのですね。そういや収録されてる曲も「IT GETS LONELY EARLY(淋しくなった)」だとか「LAST NIGHT WHEN WE WERE YOUNG(遥かなる青春)」、「IT WAS A VERY GOOD YEAR(楽しかったあの頃)」「ONCE UPON A T1ME」、そしてこの「セプテンバーソ
ング」と人生の秋を迎えるような歌ばかりですね。うあ、いや、何も知らないってすごいわ~。

あー、で、それから25年経って、まあ 「残された時間は少ないというほどの歳ではない」けれど、確実に夏は過ぎて9月に入っているな、とは思ったりするわけなんだな‥‥。

あれ、なんか暗くなってますね。なんでだ?別に夜中にひとりで飲んだりしてないよ。

ちなみにこのフランク・シナトラのレコードは今日ディスクユニオンに旅立っていかれました。さようなら。(50歳になるまでとっておくという選択もあったかな‥‥)

「芹沢銈介の世界」-文藝春秋デラックス-

◆「可否道」の装幀って芹沢銈介によるものだったんですね!
民藝館で芹沢銈介の作品を見た後、この質感や細かさは印刷では魅力が半減してしまうなあと思ったけれど、古本屋でこんな本を見つけたらつい買ってしまいますよ。織物だけでなく、芹沢銈介が手がけた本の装幀や挿絵、陶器、のれんや団扇などの生活雑貨‥‥など、さまざまな分野の作品が収録されています。獅子文六の「箱根山」や「可否道」の装幀も芹沢銈介だったとは!?で、いきおい最近出た別冊太陽の「染色の挑戦 芹沢銈介」も買っちゃおうかと迷いはじめたりして‥‥。

週末は汐留ミュージアムでやっている「濱田庄司スタイル展」を見てきました。濱田庄司は、柳宗悦とともに民藝運動の中心人物として活動した陶芸家。バーナード・リーチとともにイギリスに滞在、ロンドンで個展を開くなどしたのち、益子で民家を移築しそこで暮らしながら、自身にとっての理想の生活と作陶を追求しました。また柳宗悦の没後は日本民藝館の第2代館長にも就任しています。

陶芸については、まったく知識がないので、技法の説明などがされていてもそれがどの部分を指しているのかさえ分からない場合があったりするくらいなのですが、今回の展覧会では陶芸の現場や作品が濱田庄司の生活にどのように活かされていたのかわかるようになっていて、初心者でも楽しめました。益子での生活と言ってもイギリス滞在時に影響を受けたライフスタイルが元になっているので、単なる田舎の生活ではないのです。

ところで、今思い返してみても柳宗悦の本を読もうとしたきっかけって特になくて、ただなんとなくという感じだったとしか思い出せません。でも読み始めてみたら、静岡市にある芹沢銈介美術館の開館30周年記念だったり、それに合わせて太陽の別冊が出たり、濱田庄司の展覧会が開かれていたり、デパートのイベント会場ではあるけれど、9月15日からは銀座の松坂屋で柳宗悦のコレクションを集めた展覧会が開かれるなど、いろいろイベントがあって、なにやらわくわくしてしまいます。なんでかな?と思って調べてみたら今年は柳宗悦の没後50年と、日本民藝館の開館ア5周年でもあるとのこと。

こういうのって自分で意識してなくてもサブリミナルな感じで少しずつどこかでインプットされてるんでしょうね。自分で選んでいるような気持ちになっていてもけっきょくまわりの影響を受けているんだよ、という好例でした。わたしとしては、それがいいとも悪いとも思ってなくて、むしろこの機会を利用して見れるものは積極的に見ておきたいと思ってます。

さて、話変わりますが、汐留まで行ったついでにお台場の日本科学未来館まで足をのばして、レイ八ラカミが音楽を手掛けた「暗やみの色」の特別上映を見てきました。谷川俊太郎が詩を書き、原田郁子がナレーションをしているという作品。2005年から2007年にかけて上映されていたらしいのですがぜんぜん知りませんでした。
光イメージした抽象的な映像を交えつつ星空の映像と、レイ八ラカミの音楽、原田郁子のナレーションの声がぴったり合ってて心地よかった(そしてちょっと寝た‥‥)。当然、その辺の人が好きな人に向けて作られたものではないし、大人向けというわけでもなくて、子どもが見て普通に楽しめるものだけれど(ちょっと難しい?)、こういう風に自然とレイ八ラカミの音楽を聴いたり、谷川俊太郎の詩にふれて、大人になってからそれらに気づくっていう経験はいい。気がつかない人がほとんどだとしてもね。

ちなみに今上映されているのは、原案・詩・ナレーション構成が谷川俊太郎で、麻生久美子が朗読を担当というこれまたうれしい内容。未来館まで来る機会もそうそうないので、一瞬、入場券2枚買って両方見ようと思ったくらいです。