正宗白鳥の本を読むのは初めてか。この「今年の秋」も、単行本の方をときどき見かけていて、でも、値段がちょっと高かったり(といってもそれほど高くはないけど)、タイミングが悪かったりしてなんとなく買う機会がないままになってたのですが、西荻の古本屋の前に中公文庫がたくさん並べられているのを見て100円で購入。あまり確かめもせずに買って、家でページを開いたら、本の最後の方の目録に線引きがしてありました。
線が引いてあるのは、井伏鱒二や池田弥三郎、戸板康二、安東次男、白川静、徳川夢声、子母澤寛、石川順‥‥といった作家の本のところで、実際に自分が読んだ本に線を引いているのか、これから読もうとしている本に線を引いているのか、わからないけれど、「今年の秋」を気に入った人が、ほかにどんな本を読んでいるのか分かるような気がして、個人的にはおもしろい。もっとも「今年の秋」があんまり気に入らなくて、だからこの本に線を引いた、とも考えられるわけですが‥‥。古本屋としてはかなりへこむんですけど‥‥。
父親の死を見送る「今年の春」、母の死の有様を書いた「今年の初夏」、そして二歳違いの弟の死を描いた表題の「今年の秋」と続き、最後には、「若し私の死ぬ時が来たら、誰かが「今年の冬」としてその光景を書くだらうか、と予想しながら、故郷の家を出た」という言葉で閉じられる、晩年の心境を描いた一連の作品が、やはり味わい深い。
ほかの作品は、「小説とか随筆とか評論とかの区別を考慮しないで書くような気持ちになっている。その時々の見聞や感想を、文飾を施さず、心の浮かぶままに記しているのである」と、あとがきに書かれているように、肩の力の抜けたものが多い。実を言えば、本屋さんでこのあとがきを読んで、正宗白鳥の本を読んでみようと思ったのだった。