「阿房列車」-内田百けん-

内田百けんは、読んだらおもしろいんだろうなぁ、と思いつつ、黒沢明の映画のせいでなんとなく敬遠してきた作家なのだけれど、高橋義孝と山口瞳の対談を読んでいたら、やはり読んでみるべき、という気持ちが強くなった。希望としては、ここは旺文社文庫でそろえたい、ところなのだが、どうみても簡単にそろいそうもないので、ちくま文庫の内田百けん集成で我慢することに。全24巻、1カ月に2冊ずつくらい読んでいけば、年末くらいに全部読めればという計画です。今年の目標の1つですね(ほかにどんな目標が?と言われると。「‥‥」ですが)。
内田百けんの“けん”は、正しくは“もんがまえの中に月”なんだけれど、“百間”“百聞”“百門”と表記されたり、“百けん”とひらかれていたりします。こういろいろ表記されると、ネットで検索するとき、なにで検索するればいいのかわからなくて困ります。ちなみにグーグルで検索してみたら、内田百間:65300件、内田百けん:44300件、内田百聞:11000件、内田百門:193件の検索結果が表示されました。わたしは、ちくまに合わせてひらく形で書いておこうと思っているのだけれど、内田百間が一般的なのかも知れません。いや、名前なんだから“一般的”とか“多数決”とか、そういう基準で決めてしまってはいけないと思うのだけれど‥‥。
でも、内田百けんのように、複数の表記で表されてしまう日本の作家は、それほど多くないと思うのですが、外国の作家に関しては、時代や翻訳者によってかなり表記の違いがありますね。この辺は、翻訳者のこだわりなどが出てしまったりして、統一させようとということもあまりしていないのではないだろうか。一応、このサイトは、趣味ではなく本屋なので、サイトに載せるときは、その本の表記に合わせるようにしているのだけれど、そうすると、作家一覧とか検索とかさせようとすると、なかなかむずかしいです。古本の検索サイトなどはどうしているかなぁ。変換辞書を別に作っているのかな。