「娘と私」と対をなす作品。“父親と息子”をテーマに、10歳の時に亡くなった父親のおもかげを追いかけながら、自分の少年時代を描いた前半と、60歳になって初めて男の子の父親となり、「自分はこの子が10歳になるまで生きられるだろうか」と思いつつ、男の子が生まれたうれしさを描いた後半とで構成されている。そのあいだの出来事は「娘と私」という関係。
大正時代から昭和の初めにかけての横浜の様子を随所に入れ込んだ前半は、おもしろいのだけれど、遅く生まれた長男ということで、かわいくてしょうがないという気持ちが、あふれんばかりに出てしまっていたり、慶応の幼稚舎に子どもを入れるために奮闘したり、学校帰りに誘拐されないかと心配してみたり‥‥と、意図的なのかもしれないけれど、親バカぶりばかりが目立ってしまう後半には、ちょっと閉口してしまった。個人的には、後半部分は蛇足のような気もしないでもない。でも獅子文六としては後半の出来事が前半部分を思い起こす呼び水となっただけに、息子について書かずにいられなかった、というところなのかな。