「星に願いを」-庄野潤三-

ミオ犬が図書館で借りてきた本。わたし的には晩年に近づいた夫婦の日常を描いた「貝がらと海の音」以降のシリーズは、あまり食指がのびないのだけれど、ちょうど小沼丹全集が出た頃を重なっていて、小沼丹についていろいろ書かれているということだったで読んでみることにしました。
ここに書かれていることがすべてではないとしても、これほど作家として、ひとりの人として幸せな人生を送っている人も珍しいのではないだろうか。恵まれた環境で育ち、見かけ上は大きな苦労もないように見えるけれど(20代はじめの戦争に行く前の頃を描いた「前途」でさえ切実な暗さはないし)、実際は見えないところでものすごく努力をしていたり、意志の強い人なのだろう。朝日放送時代の庄野潤三は厳しい上司だったということを、誰かが書いているのをどこかで読んだこと記憶もある。
夫婦の日常が、まるでただ日記を書き写したかのようにさらり(だらり?)と描かれている感じのこの本でも、実は取り上げる出来事の取捨選択や、全体の流れ、ものすごく平易な言葉の一つ一つにも周到な計算されているように思う。あまりにも隙がない(あるいは隙間だらけ?)ので、読んでいて、これは実はフィクションなのではないか、という気さえしてしまうのはわたしだけではないはず。現実ではすでに奥さんも亡くなっていて、実は庄野潤三自身も病院に入院しながら病室でこれを書いているのでは、なんて、ひどいことまで思ったりしてしまうのは、単にわたしの性格がひねくれているだけですけど‥‥。いや、描かれている日常が平和で平坦過ぎてるので、人間の晩年なんてこんな静かな心境じゃないでしょう、と思ってしまうのですよ。庄野潤三がそういう作家ではないことは、わかっているのだけれど、その辺の葛藤とかがバックにまったく感じられないのもどうもどうかと。

さて、Rock yaというところで友だちがイベントやっていたので、夕方から高円寺に行って古本屋とかレコード屋とかをちょっとまわって、9時前くらいからで飲んだ。「英国野郎」というタイトルのイベントで、トニー・マッコウレイ系のハーモニーポップから、フーなどのビートバンド、ジャムやスミスなどのパンク、ニューウェイブ、そしてヴュー(リトル・マン・テイトはかからず)まで、幅広くイギリスの音楽がかかる。
高円寺という場所柄か、単に昔からの遊び友だちがそのまま歳を取っているだけなのかわからないけれど、同じくらいの歳の人たちがたくさん集まってDJの回す音楽を聴きながら、酒を飲みながらしゃゃべったり騒いだりしているのを見ていると、いろいろなことをやり続けていれば、歳をとってもそれなりに楽しんで暮らしていけるのだろうとも思う。

「サラサーテの盤」-内田百けん-

吉祥寺にあったkuukuuのスタッフだった人が、国立でニチニチというお店をやっているということを、去年の夏くらいに書いたのだけれど、残念ながらまだ行く機会がないままになってます。お店の開店が5時半なので、夕方国立まで出かけていって、そこでご飯を食べて、ある程度お酒を飲んで帰ってこなくては、と思うとなかなか難しい。
そんなわけで、お店の存在を知ってから一年近くが立ってしまいましたが、先日、ミオ犬が西荻の雑貨屋さんで、第三日曜日にニチニチで日曜市をやっているということを聞いてきたので、タイミングもいいし、パンやマフィン、ジャム、陶器、古本‥‥など、チラシに書いてあったお店(?)も期待できそうだし、と、ひさしぶりに国立まで行って来ました。

「早めに行かないといろいろ売り切れちゃうよ」と言われていたので、朝ご飯を食べないで起きたらすぐに出かけて、イートインコーナーでパンでも食べようと計画でいたものの、珍しく土曜日に会社に行ったりしたため、当然、早く起きられるはずもなく、ニチニチに着いたのはお昼過ぎ。シフォンケーキやマフィンは残っていたけれど、カレーパンなどは売り切れで、先着80名に配られていた2周年記念のエコバックもすでになくなってました。そもそもお店の中は人でいっぱいで、イートインコーナーでゆっくりパンを食べるなんて感じではなかったです‥‥。日曜市では、とりあえずマフィンとシフォンケーキを買って、しばらくのあいだお皿や雑貨を見たり、西荻の雑貨屋さん(なんて名前の店か忘れてしまいました)と話をしていたりしてから、国立といえば、ということでロージナ茶房でお茶をする。
その後、大学通りを散歩したり、古本屋やレコード屋をのぞいたりして、3時過ぎには吉祥寺に移動してしまったので、けっきょく今回もニチニチでご飯を食べることはできず、でした。ニチニチでご飯を食べるのはいつになることやら。

「めぐらし屋」-堀江敏幸-

普段、古本屋ばかり回って、もう亡くなってしまった作家の本ばかり読んでいるので、同時代に生きている作家の新作を心待ちにする、という楽しみがないがちょっと寂しい。改めてそんなことを思うと、実は大きな楽しみを逃しているような気になったりするけれど、きっかけがないのと、今の読書傾向を追いかけるだけでいっぱいなので、まぁしょうがないです。堀江敏幸は、そんな楽しみを味わせてくれる数少ない作家。いや、ひとりだけかも知れません。

大学卒業後、知り合いの会社に長く勤める蕗子さんは、低血圧でいつも体調が悪く、感覚的にもちょっとまわりの人たちとズレている独身女性。ある日、蕗子さんは、長いあいだ離れて暮らしていた父の遺品を整理するために、父親が暮らしていたアパートまで出かける。近くにひょうたん池のあるそのアパートでみつけた「めぐらし屋」と書かれた大学ノート、そしてそのノートに貼られていた蕗子さんが幼い頃に描いた黄色い傘の絵にひかれ、謎のようなそのノートと、蕗子さんがアパートにいるときにたまたまかかってきた要領の得ない電話、近くに住む父親の知人といった点をたどって、知らなかった父親の過去に想いをめぐらせていく‥‥。
ストーリーとしてはものすごくあっさりとして、帯に書かれている「わからないことは わからないままにしておくのが いちばんいい」という言葉のように、物語の終わりになにかが大きく変わったり、誰もが納得するような答えが用意されているわけではない。そんな淡泊な物語も含めて、文章全体から漂う感触やディテールへのこだわりなど、堀江敏幸のいつもの作品とあまり変わっていない。強いていえば、新聞の日曜版に連載されたせいか、ディテールへのこだわりよりも全体の感触に重みが置かれているように思う。わたしとしては、その辺にちょっと物足りなさを感じてしまったかな。

「七つの街道」-井伏鱒二-

諸般の事情により、ゴールデンウィーク明けからちょっと営業をお休みしていましたが、昨日より通常どおり営業を再開させていただいております。お休みのあいだいろいろな人にご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。

週末は、鎌倉に行って来ました。暖かくなってちょっと出かけるにはいい季候になだけに、駅を出たところからすでにものすごい人混みで、イワタのホットケーキなんて、なんと50分待ち!(実際はもう少し早く出てきたけど)という状態。昼過ぎに家を出たせいで、鎌倉に着いたのが3時過ぎだったので、イワタで中庭を眺めたり、雑誌を拾い読みしたりして、ホットケーキ食べて外に出てみると、なんとなくもう夕方気分。小町通りを歩く人たちも駅に向かう人のほうが多い。
鎌倉に行ったのは、20日まで神奈川県立近代美術館でやっている「佐伯祐三と佐野繁次郎展」を見るためだったのですが、(ここまで書いて分かる人には分かると思いますが‥‥)4時半前、閉館ぎりぎりに美術館に着いて、チケットまで買ってから、「佐伯祐三と佐野繁次郎展」がやっているのは葉山館だということに気づくという大失態。払い戻しができたのはよかったけれど、時間的にも距離的にも、葉山館に移動することもできず、わざわざ来たのになんだかなぁ、という感じでした。葉山館は、2003年の秋に開館していたらしいです。前回、近代美術館で見た展覧会は、「チャペック兄弟とチェコ・アヴァンギャルド展」だったので2002年秋、開館する1年前だから知らないのも無理ないけど、それからも度々鎌倉に行っているのに全然知らなかった~迂闊でした~

「『処女同盟』第三号」-吉川トリコ-

嵐が主演している「黄色い涙」を観に行く。原作は永島慎二、監督は「メゾン・ド・ヒミコ」「ジョゼと虎と魚たち」といった作品を撮っている犬童一心で、1974年に放映されたNHK銀河テレビ小説で、この物語を初めてみて以来、いつか映画にしてみたいと思ってたということで、脚本もNHK銀河テレビ小説の担当だった市川森一が書いていたり、サケロックが音楽を担当していたり、と、個人的にはひかれる要素は割と多い。でも制作はジェイ・ストームだし、どことなく「三丁目の夕日」のヒットに乗じて2匹目のドジョウを狙ってない?という雰囲気もあって、全体的には微妙な立ち位置の映画ではある。まぁ嵐のファンの女の子たちにとっては、その辺はあまり関係ないのかも知れませんが。とはいいつつも、スタッフがきちんとそろっている分、名作とは言えないまでも、映画として観れる作品になってるように思う。ストーリー的には、一種の「トキワ荘の青春」で、割とよくある青春物語なので、特にひかれる部分はあまりないけどね。それはまた別の話なわけで‥‥。
どちらかというと、舞台となっているのが1963年の阿佐ヶ谷界隈なので、この通り(パールセンター)の向こうに阿佐ヶ谷住宅があるのだな(阿佐ヶ谷住宅が建てられたのは1958年)とか、この風景を考えると阿佐ヶ谷住宅というのは、かなりモダンな建物だったのだろうなぁ、なんてことつい思ったり、作家志望の向井が書き上げた原稿を持って井伏鱒二宅に持っていかないだろうか、なんて原作には絶対ないようなシーンを想像したりしてました。

「爆撃調査団」-内田百けん-

さて、すっかり時間が経ってしまいましたが、イベントには、いつもサイトを見てくださっている人やどこかのお店でフライヤーを見つけてくれた方から、久しぶりに合う友だちや会社の人まで、たくさんの人に来ていただきありがとうございました。
また会場を提供してくださったクリップさんの方々やイベントに参加してくれた友だちにも感謝です。うれしかったのは、いつもサイトを見てくれている方が、前回よりもたくさん来てくれたことと、小学校6年の時の先生が、奥さんと娘さんと一緒に来てくれたこと、そして先月、小学校の同窓会があったということをここに書きましたが、そのとき集まった同級生が5人も二宮や平塚からわざわざ来てくれたことですね。
そんなわけでわたし個人は本を並べた以外、たいしたことしてたわけではないのですが、イベントが終わってすっかり気の抜けてしまってます。それでも部屋の運び入れたままになっていた段ボール箱を、ようやくトランクルームに戻して、部屋のなかも少し落ち着いきし、ゴールデン・ウィークといってもなにをするわけでもなく、毎日家の近くをのんびりしてという感じです。

週末は、天気もよかったので、前から取り壊される前にもう一度行こうと思っていた阿佐ヶ谷住宅の周りをOM1を持って散歩してきました。阿佐ヶ谷住宅の一画で開かれていたトタンギャラリープロジェクトはもう終了してしまっていたけれど、まだ取り壊しされているわけでもなく(まだ住んでいる人もいるようでした)、広場で遊んでいる子どもたちがいたり、周りを散歩している人がいて、わたしたちも、ベンチに座ってパールセンターの途中で買ったサンドウィッチやパンを食べたり、フィルムケースを灰皿にしてたばこを吸ったりして、のんびりした春の暖かな休日を満喫できました。久しぶりに広角レンズを持っていったので、建物全体がファインダーに全部おさまるのが楽しくなってしまい、フィルム3本ちかくも写真を撮っちゃったしね。
帰りは、阿佐ヶ谷住宅から善福寺川を渡って善福寺川公園近くからバスに乗って帰ってきたのですが、かなり近い!後から地図で調べてみたら2kmくらいしか離れてなくて、うちから荻窪駅に行くよりも近いことが判明。次は自転車で遊びに行こう。